プレイバック!FRIDAY 1985年7月12日号 中江滋樹&田中好子 カネの亡者と元アイドル
2014.06.28
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中江が田中になにやら話しかける様子を加代子夫人は下から訝しげな目で見つめていた
 ’85年6月19日――。世間を騒然とさせた投資ジャーナル事件の主犯・中江滋樹(当時31)が詐欺容疑で逮捕された。バブル前夜の相場の世界に登場した「兜町の風雲児」は、一般投資家から580億円余もの大金をかき集めたが、株取引の実態はなく、摘発を受ける直前に国外へ逃亡。ところが、やはり悪徳商法で巨利を得た豊田商事会長・永野一男が惨殺されたことで、たまらず警察に逃げ込んだのだ。
 巨大詐欺事件の主役が異様な風体の男なら、脇役は元アイドルだ。稀代のペテン師は、だましとったカネを華やかな交遊にあてたが、甘い汁を吸った芸能人もバッシングの対象となった。本誌創刊準備号に掲載された親密ツーショットをキッカケに、自宅建築資金の出所が中江であったことが明らかになり、引退に追い込まれた清純派アイドル・倉田まり子がその代表だ。もっとも、愛人疑惑が囁かれた女性はほかにもいた。その一人が、ありし日のスーちゃんこと田中好子(当時29)だった。
 撫でつけた長髪にヒゲを蓄えた中江が、横にいる田中に何やら親しげにふるまい、それに夫人がキツイ視線を送る――。この写真は、中江が絶頂期にあった’82年、投資ジャーナルグループの大忘年会で撮られたものだ。「普通の女の子」から芸能界へ復帰していた田中は、舞台に上がって挨拶し、幹部社員とデュエットするサービスぶりであった。
 カネの亡者と元キャンディーズという組み合わせは話題を呼び、「第二の倉田まり子」かと注目されたが、田中は素早く対応。釈明会見を開くや、「私はお金に困っていません」と反論したのであった。
 一方、主役のその後は哀れだ。刑期を終えた中江は、投資の現場に復帰して暴力団などのアングラマネーを転がしていたが、それを持ち逃げしたあげくに失踪。誰もが消されたと思っていたが、自宅放火未遂事件を起こしたことで生存が確認された。その後、またぞろ活動を再開させたが、もはやその信用は地に落ちている。懲りない男は現在、相場人生を綴った単行本を準備中だという。
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他の記事に『東郷民安 大手術の後』『永野一男に二人「妻」と子』など

おニャン子クラブ、歌手デビュー
"放課後のクラブ活動"をコンセプトに、女子高生中心で結成されたアイドルグループ・おニャン子クラブが、’85年7月5日『セーラー服を脱がさないで』で歌手デビューを果たした。過激な内容の歌詞は物議を醸しつつも話題を呼び、おニャン子人気も加速。グループ内ユニットなど、秋元康が構築したこのビジネスモデルは、現在のAKB48に生かされている。

たこ八郎、心臓麻痺で死去
’85年7月24日、友人らと神奈川県の海水浴場を訪れていたコメディアンのたこ八郎が飲酒後に海へ入り、心臓麻痺を起こして死去した。44歳だった。バラエティをはじめCMにドラマ、映画出演と人気絶頂のさなかの突然の訃報は、当時たこ八郎がレギュラー出演していた『笑っていいとも!』放送中にタモリによって全国へと伝えられ、お茶の間に大きな衝撃を与えた。

1985年7月の音楽ランキング
1 SAND BEIGE―砂漠へ― 中森明菜

2 あなたを・もっと・知りたくて 薬師丸ひろ子

3 俺たちのロカビリーナイト チェッカーズ

4 Bye Bye My Love サザンオールスターズ

5 翼の折れたエンジェル 中村あゆみ

6 今だから 松任谷由実、小田和正、財津和夫

7 悲しみにさよなら 安全地帯

8 デビュー/MANHATTAN JOKE 河合奈保子

9 サイレンスがいっぱい 杉山清貴&オメガトライブ

10 DANCING SHOES 松田聖子

4位はサザンの『Bye Bye My Love』。USA for AFRICAの『We Are The World』に対するアンサーソングとして製作された楽曲で、シンセサイザーによるイントロが特徴的。ちなみに、この曲の仮タイトルは『陰核の疼き』だった (C)レコード特信出版社
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