プレイバック!FRIDAY 1989年4月21日号 清原和博&パリコレモデル 番長が青かったころ
2015.04.18
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路上で恋人と微笑み合う清原。もし彼女と結婚していれば、また違う野球人生になったかもしれない……
Photo:芝地 寛
 小雨がパラつく空模様とは対照的に、巨体を揺らしてウキウキしっぱなしの男。交際7ヵ月になる彼女と白昼デートを楽しむ西武ライオンズの若き主砲、清原和博(当時21)の姿だ。ときは平成元年。いかにもプロ野球選手というちょっとダサい私服が時代を感じさせる。「番長」が、まだ「キヨマー」と呼ばれていた頃は、こんな微笑ましい光景も見せていたのだ。
 甲子園の大スターとしてプロ入りして4年目。すでに女性ガラミの話題には事欠かなかったが、「会えば心の安らぐ人。大事な人です」と堂々宣言してみせた。球界きっての人気者を夢中にさせた女性は、パリコレ常連のトップモデル・稲場千恵子さん。背の高い女性に目がない清原は、ディスコで見かけた176㎝の長身美女にひと目惚れ。「試合を見に来てほしい」との熱烈な電話攻勢で口説き落とした。
「野球のときのふてぶてしさとは違い、普段の彼は誠実そのものです」
 とは、8歳年上の彼女の清原評。そう、若かりし頃の番長は純朴で心優しき好青年だった。史上最年少100号ホーマーを放ったときには、もらった花束をスタンドの彼女に投げ入れるという心憎い演出も見せた。清原の母親も「美しさを鼻にかけることもなく控え目な人。年齢は関係ない」と交際を歓迎。尊敬する落合博満のように姉さん女房をもらって三冠王への道を歩む。そんな期待を抱かせた。
 だが、清原は一人の女性で満足できる男ではなかった。「できた女」と評判だった彼女と破局すると、グラウンド外での話題ばかりが目立つようになり、いつしか「夜だけ三冠王」と揶揄(やゆ)されるように。FA移籍した巨人で結果を出せずバッシングを浴びると、外野の声と戦うかのごとく外見をコワモテに変容させる。
 現在、人生最大の危機を迎えているのは周知の通り。薬物使用疑惑、離婚、浪費の末の金欠……伝わってくるのは暗い話題ばかり。本人も1年ぶりに出演したテレビ番組で「いっそ死んでしまおうと思った」と明かした。30年追い続けた本誌としては、一日も早くこのときの笑顔を見せてほしいと願うばかりだ。
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他の記事に『なんと!ペレの元恋人がセナのフィアンセに』など

竹やぶ騒動
’89年4月11日、神奈川県川崎市高津区の竹やぶで、1億4500万円の入ったバッグが発見された。さらには5日後にも9000万円が見つかり、現場には二度あることは三度ある、と人々が山のように押し寄せ、大騒ぎに。後に通信販売会社の社長が「税金逃れのために隠した」と名乗り出て、拾い主である2人に拾った額の約1割を謝礼として進呈し、事件は決着を迎えた。

朝日新聞サンゴ記事捏造事件
朝日新聞東京本社版の’89年4月20日付夕刊1面において「西表島のアザミサンゴに落書きを発見した」として、"K Y"と彫られたサンゴの写真とともに日本人のモラル低下を嘆く記事が掲載された。しかし、地元のダイビング組合が「これまでサンゴに傷はなかった」とすぐさま猛抗議。朝日側は5月20日になってようやく虚偽報道であることを認め、謝罪した。

1989年4月の音楽ランキング
1 BE MY BABY  COMPLEX
2 ごめんよ 涙  田原俊彦
3 涙をみせないで  Wink
4 Diamonds  プリンセス プリンセス
5 Return to Myself  浜田麻里
6 ともだち  中村あゆみ
7 女神達への情歌  サザンオールスターズ
8 僕のせいいっぱい  CHA-CHA
9 GET WILD’89  TM NETWORK
10 夢の中へ 斉藤由貴
1位は吉川晃司と布袋寅泰によるユニット・COMPLEXの『BE MY BABY』。ロックとポップ、デジタルが融合した新鮮な音楽が多くのファンの心をつかんだ。’11年にはチャリティーライブで一度限りの復活を果たした(c)レコード特信出版社
HOT WORD: 清原和博
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