証言構成 42歳キムタク 虚像を演じる苦悩と堅実な家庭生活
2015.05.29
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キムパパは本誌に語った「金太郎飴だよ」「落ちるところまで落ちたほうがいい」
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昨年大ヒットしたドラマ『HERO』の打ち上げにアロハシャツで登場。体型も服装もとても40代には見えない
 東京郊外、高級住宅街の路地裏にあるカフェ。日本家屋を利用した店内では、注文を受けてから豆を挽いて、丁寧に淹(い)れたコーヒーを楽しめる。店主は、木村秀夫さん(66)。木村拓哉の父親である。
 170cmほどの体格で白髪交じりの髪を無造作に横分けにし、キムタクをややふっくらさせた印象のダンディな父は、42歳になった息子をどう見ているのか? 本誌の直撃に秀夫さんは穏やかながら、ハッキリとした言葉で答えてくれた。
「拓哉は金太郎飴ですよ。何の役をやっても『キムタク』だよね。昔の俳優さんはそれで良かった。でも今はそうじゃないですよね。だから私は稲垣吾郎クンや草彅剛クンのようにいろんな役ができたほうがいいと思います。今は昔みたいに石原裕次郎のような絶対的なヒーローがいて、みんなが満足する時代じゃないですよ」
 放送中の『アイムホーム』(テレビ朝日系)は木村にとって勝負をかけた作品だった。これまでの18本の主演作はすべてフジテレビとTBSで、テレ朝の連ドラへの主演は初めてであり、現代劇での父親役も初めて。しかもバツイチのサラリーマンを演じた。役者として、新境地を開きたいという気持ちが渗んでいる。
 だが、第6話までの平均視聴率は14.1%にとどまっている。
 民放テレビ局制作スタッフは、「さすがに小じわが増えて、最近のメイクではドーランをずいぶん厚めに塗っています」と証言する。サーフィンを趣味にしてオフに日焼けをした影響も出ているようだ。
 中年になったキムタク。父・秀夫さんとの一問一答は以下の通りだ。
――拓哉さんはなぜ現在の地位を築けたと思いますか。
「14〜15歳のとき、私の妹が、犬を抱っこした拓哉のスナップを撮って、ふざけてジャニーズ事務所に送った。それが目に留まって『授業料はかからないからダンスを習いに来ないか』ということになった。ちょうどそのタイミングで、私が生死の境を彷徨(さまよ)う大病をしたんですよ。それで枕元に拓哉を呼んで『お父さんは多分、もうダメだろうからお母さんと弟を頼むぞ』と言ったんです。そのときから『家族を助けるように早く自立しなきゃ』って想いを持つようになったんじゃない。
 運も良かったんだよ。だってジャニーズに入って数ヵ月レッスンしただけで、すぐにSMAPというグループができたんだから」
――どんな少年でした?
「私は団塊の世代だから、小学生の頃はよく叩いたりもしました。ちょっとした嘘や物を粗末に扱ったときだね。拓哉はよく『目力が強い』なんて雑誌で書かれているけど、昔から素直に謝れないというか、『何クソ』と反骨な目をしていたね。だから、こちらも平手が出てしまう。すると余計に鋭い目で見てくるんだよ。
 部活は小学校では剣道、中学でバスケと体操だったかな。勉強は普通だったね。趣味は釣り。小学生の頃からルアーフィッシングにハマってたよね。昔はグループの中で一番仲良かった森且行クンを連れてよく行ったな。良い思い出だよ」
――今後はどうなってほしいですか?
「もう食うに困らないような生活を送っているだろうから本人の好きなように……。木村家の鉄則は『働かざるもの食うべからず』。だから拓哉は自立して以降、親に頼ってない。もちろん私もこの商売(カフェ)をやるにあたって息子の援助は一切受けてない」
――拓哉さんには今後、どんな役者になってほしいですか?
「今でも彼なりに自分は本物だと思っているだろうけど、私は彼に落ちるところまで落ちて欲しい。それでもう一回、ドン底から這い上がってきたら本物だよ。周りから『こういう役じゃないとマズい』と気を遣われるのではなく、ファンから『嫌なヤツ』と思われるような汚くてズルい役をやってほしい。42歳にもなって、いつまでもキムタクのままではいられないだろうから。
 俺は飽きた(笑)。潰れたら潰れたでいいんだよ。まあ、彼の周りがそうさせないようにしているんだろうけどさ」
 父の目には、木村は役者としての転機を迎えていると映っているようだ。
 木村は、千葉市美浜区のマンション育ち。大人しくて目立たない男の子だった。’87年にジャニーズ事務所に入り、’91年に『SMAP』のメンバーとしてCDデビュー。そして、’93年にドラマ『あすなろ白書』でメガネをかけた不器用な大学生を演じてブレイクする。
 木村がCMに出演したトヨタ「RAV4」やカネボウの口紅「テスティモ」は大ヒットし、’96年の初主演ドラマ『ロングバケーション』は平均視聴率29.6%を記録。雑誌『an・an』恒例のアンケート企画では「好きな男」第1位を獲得した(’94年から15年連続)。
 そのころに持ちあがったのが、「独立騒動」である。
「’95年度の法人所得ランキングで、ジャニーズ事務所は芸能事務所でトップになりました。しかし、その当時、木村さんは基本給20万円ほどだったといいます。その収入を聞いて、他の芸能事務所や家族が木村さんに独立を働きかけたんです」(大手芸能プロダクション幹部)
 事務所と木村側は話し合いを持ち、最終的に木村はジャニーズに残ることを選んだ。もちろん待遇は大幅に改善された。’96年分の高額納税者番付では、納税額は4991万円・推定年収は1億1100万円だった(’95年分は公示対象外)。
「収入だけではありません。木村さんは、今後のドラマ出演などの許諾について、必ず自分に相談するように求めたそうです。当時、SMAPに続く後輩グループが育っていなかったため、事務所はこれを呑むしかなかった」(同前)
 こうして木村は、ジャニーズでもアンタッチャブルな、特別な存在へと祭り上げられた。
 30代のジャニーズ事務所の元タレントが言う。
「木村クンが事務所の後輩と食事に行ったという話は一切聞いたことがないですね。完全なる一匹狼でした。事務所のスタッフからはよく『中居クンを見てなさい』と言われましたが、『木村クンを見てなさい』と言われた後輩は誰もいない。独自の世界観を持ったアイドルだから、誰もマネできないんです」
 そんな木村は、プライベートは順調だ。
 ’00年に歌手・工藤静香との結婚を発表。’01年には長女・心美(ここみ)ちゃん(14)、’04年には次女・光希(みつき)ちゃん(12)が誕生している。
「二人の娘は幼稚園からインターナショナルスクールに通っています。英語を学んでほしいという希望もありますが、一番の理由は別です。普通の学校では『キムタクの娘』ということでイジメに遭うんじゃないかと、木村さんが心配したからなんです。インターナショナルスクールならば、海外や日本のセレブの子息ばかりですから、特別な目で見られることはありませんからね」(テレビ局関係者)
"中年キムタク"を模索
 心美ちゃんは静香似、光希ちゃんはキムタク似の美形で、姉妹そろってスラリと背が高いモデル体型だという。
「二人とも小さいときから、バイオリンとフルートの英才教育を受けており、ジュニアコンクールでの入賞歴もあります。将来的には海外留学を視野に入れているそうですよ。木村さんは普段はとてもいいパパで、二人を学校まで愛車で送り迎えもしますし、休日は一緒に洋服を買いに行くこともある。長期休みには家族旅行に出かけます。その一方で娘たちのお小遣いは少な目で、何か買ってあげる場合も、必ず何かをやり遂げたご褒美のときだけと聞いています」(同前)
 家庭での木村は平凡な42歳の子煩悩なパパだ。グリーンスムージーや玄米を摂って健康に留意し、休みの日には夫婦でゴルフやサーフィン、時には一人でパチンコに行ったこともあるという。
 仕事で求められる「若々しいプレイボーイ」という虚像と、フツーの「マイホームパパ」という実像。キムタクの悩みはここにあるのかもしれない。
 元ジャニーズJr.「平家派」のメンバーで、現在は川口市議会議員の関裕通氏(41)はこうエールを送る。
「プライベートが充実しているのも、木村さんの魅力ではないでしょうか。オンとオフの使い分けが非常にうまい。だから若さも保てているのではないかと。木村さんに限界はないんじゃないでしょうか。私は同世代ですが、憧れとしていつまでも輝いていてほしいです」
 一方で、同じくかつてジャニーズ事務所に所属していた石丸志門氏(47)は、今の木村をこう見る。
「彼の人気はセルフプロデュースの賜物です。松田優作に憧れて寡黙な演技をしたり、ロン毛にして唯一無二の存在感を確立したり。それが声や顔立ちなどと相まって、世の中に受け入れられたんでしょう。それが今、"中年キムタク"を自分の中で確立できないでいる。『アイムホーム』が大ヒットしていれば方向性も見えたでしょうが、まだ模索している段階でしょうね。先輩の東山紀之さんのように年相応の役を演じたり、時代劇でも活躍できるようになりたいとは考えているはず。キムタクは今、その転換期にいるんじゃないでしょうか」
 かつてキムタクはインタビューで、
「木村拓哉という道になりたい」
 と語っていた。孤独な道を行く木村の虚像と実像は、どこで交わるのか。
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父・秀夫さんが経営するカフェ兼ギャラリーは昨秋オープンしたばかり
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’89年、「SMAP」を結成してまもない頃の初々しい木村(右・当時16)。
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少年時代に両親、弟と暮らした千葉市美浜区内のマンション
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木村が両親に贈ったといわれる千葉県の一軒家は現在売り出し中
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’00年4月、結婚直前の木村と工藤静香は種子島旅行を楽しんだ
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PHOTO:結束武郎 菊地弘一 岡内正敏
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