神戸テレクラ放火殺人 凶悪犯の独占懺悔告白
2016.04.06
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4人が焼死!いまだ謎の多いあの事件から15年――
なんの罪もない4人が犠牲になった、神戸テレクラ放火事件。事件の動機、背後の人間関係、なぜ事件から6年も主犯たちが捕まらなかったのか――。多くの謎に包まれた惨劇の真相を、犯行グループの一人が本誌に語った!
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4名が死亡したリンリンハウス元町店の跡地前で話す中根。
小便小僧の像だけが残っている
「’01年から服役し、満期出所しました。亡くなられた4名の方、負傷された方々には本当に申し訳ないことをしてしまったと思っとります」
 そう話すのは、中根一弘(51)。15年前に起きた、神戸テレクラ放火殺人事件で逮捕され、服役していた男だ。13年間の刑期を終え、’14年7月に出所した。
 2000年3月2日午前5時頃、神戸市内のテレホンクラブ『リンリンハウス』2店舗に、一升ビンにガソリンを入れて作られた手製の火炎ビンが投げ込まれた。最初に襲撃された神戸駅前店は1階の一部が焼けたのみだったが、次に火炎ビンを投げ込まれた元町店はあっという間に炎に呑まれ、3階建ての2~3階部分が焼き尽くされた。店内にいた客の男性4名が死亡、襲撃犯1名を含む3名が重軽傷を負ったのだ。
 実行犯は3名だったが、背後には、神戸の別のテレクラ店『コールズ』オーナーの中井嘉代子(’10年に無期懲役が確定、服役中)と、広島のギャング集団、インターナショナルシークレットサービス(ISS)のボス・坂本明浩(’13年に無期懲役が確定、服役中)の存在があった。
 中根は、この2人の間に立ち、カネの受け渡しや情報のやりとりなどを担っていた。15年が経過したが、事件はいまだ多くの謎に包まれている。今回、中根が事件の全貌を本誌だけに告白した(以下「 」内はすべて中根の発言)。
「なんでもできますよ」
 中根が中井と知り合ったのは、20代後半の頃だったという。
「中学を卒業して鉄工所に勤めたんやけど、仕事が合わなくてじきにやめ、神戸のパン屋で7年間マジメに勤めました。ただ、小麦アレルギーでアカンくなってもうてね。その後、ゲーム喫茶で働き始めて、そのときに親しくなったAという人間の紹介で姐(ねえ)さん(中井)と知り合ったんです。Aは姐さんを金主として、日掛け金融(日賦貸金業)をやっとりました。ところが金銭問題でヘタを打った。『ワシ、トバなアカン。オマエにあと任すから』ということで、姐さんのもとで日掛けの仕事を始めたのが、そもそものきっかけです」
 中根は、中井のもとで日掛け金融の貸し付け、集金を担当し、次第に重用されるようになる。
「姐さんの最初の印象は、見た目どおりの怖いオバサン。『私は暴力団組長の娘だ』と言うてました。男以上に怖い人で、オレなんか逆らえんところがありました。姐さんの手伝いで日掛け金融をやってるうちに、周囲から彼女の番頭格と見られるようになりました」
 中井は金融業やテレクラ、不動産などを幅広く経営しており、莫大な資産を得ていたが、税金を払っていなかった。国税対策について、中井が前出のAに相談すると、「それならいい人がいますよ」と裏稼業の専門家を紹介した。それが坂本だった。坂本は恐喝、暴行からクレジットカード詐欺、麻薬密売までさまざまな裏稼業に手を染めていたといわれるISSのボスだ。
「姐さんの財産は不動産などを合わせると二十数億円はあったと思います。Aの紹介で、姐さんは坂本に会った。坂本は、『カネを銀行に入れておくと国税に取られてしまうから、引き出しとかなアカン』とアドバイスしていました」
 こうして放火事件の首謀者2人の結びつきが生まれ、中井の「番頭」中根も、坂本と関係を結ぶこととなる。当時、神戸ではリンリンハウスが進出。中井のテレクラ店は客を奪われ、売り上げが3分の1にまで激減していたという。中井は坂本を使い、競合店を潰そうと考えた。
「以前はテレクラ1軒で、一日に200人ぐらいお客さんが入っていたんです。一人2時間でだいたい3000円ぐらい使います。すると一日に60万円ぐらい売り上げが入る。オイシイ商売やったんです。それがリンリンハウスに客をゴソッと奪われたので、姐さんはリンリンの存在を相当うっとうしがっとったようです。
 事件の1年半くらい前、坂本と新神戸の総合商業施設、オリエンタルアベニューで初めて会いました。姐さんも一緒でしたね。後日、再び会(お)うた際、姐さんが商売ガタキのリンリンをなんとかできんかと坂本にもちかけたんです。坂本は『なんでもできますよ』と答えて、報酬1000万円でリンリンにいやがらせのために糞尿をまくっちゅう話になった。実際に2店舗ほどにまいたんですが、リンリンはまったく営業をやめんかった。姐さんは坂本に八つ当たりして『手付け金として渡していた500万円を返してくれ』と言うたけど、坂本も『若い衆(し)の手前、自分も引けませんよ』と。結局、『もう1回やりましょう』という話になりました」
 これらの話し合いは、中井と坂本がすべて直で行ったわけではない。番頭の中根が電話などで両者の言い分を取りつぎ、交渉を行ったのだ。
「坂本が怖い男やということはオレも知っていました。周囲で何人もの人間がいなくなっている。岡山と広島の県境に遺体を埋めたことがあるという話は、本人から直接聞きました。『穴を掘って大量の塩をまいたら野犬に掘り起こされることはない。あと、歯だけは全部折って海に捨てるんだ』と。リンチなんか広島でしょっちゅうしていたようです。ごっつい男ですよ」
 その坂本が、「引けない」と言って提案してきたリンリン襲撃方法は4つあった。銃撃、火炎ビン、ダンプカーでの突入、手榴弾だ。
「無関係を装いたい姐さんは、どれがいいとも言わないし、坂本と電話ですら話さない。悪いことする人間はみんなそうするじゃないですか。自分が指示した形にはしない。オレはやめたほうがいいと姐さんに言っていたんですよ。なぜかというと、県の条例で近い将来、テレクラの営業ができなくなることが決まっていたからです。『だから今さらリンリンの営業を妨害したって意味はないんですよ』と。でも、姐さんは聞かない。結局、オレが坂本と話をし、最終的に坂本が『これでいきます』と決めたのが火炎ビンでした」
「失敗した人間は口封じやろ」
 坂本の指示のもと、下調べや火炎ビンのテストなど、周到な準備が行われたという。
「はじめはビールの小ビンで試したが、投げても割れんかったそうです。で、一升ビンで試したら、割れて4mくらいの火柱が勢いよく上がった、と。まあ坂本は『死人が出てもかまわない』と腹くくっとったんちゃうかな。リンリンは鉄筋に見えるけど、中は木造やということまで調べ上げとったし、『ひょっとしたら死人が出るかもしれない』とも言っていましたから。要は『事件を大きくして姐さんからたくさんカネとったる』いうことです。カネを出し惜しむ姐さんに、かなりムカついとったからね」
 火炎ビンによる襲撃が決まると、次はいよいよ実行の段取りとなった。坂本は、息のかかった3人に犯行を指示した。
「実行は何度も延期してるんです。リンリンでバットを持った人間が見張りをしているとかの理由で。向こうも1回やられとりますしね。で、3月2日の朝方、ついに事件を起こした。その日の朝7時くらいに坂本から電話がきました。『4人死んでしもうた。姐さん知ってますかね?』って。普通の声でした。姐さんはアリバイ作りで人を連れて旅行に行ってたんです。旅先でカニ食ってた。だから連絡はとれない。で、帰ってきた姐さんに会ったら、真っ青な顔になってて『どないしよ、エライことになってもうた』と。それですぐ姐さんが坂本に電話をして、カネ(襲撃の報酬)を渡す話をして。喫茶店で姐さんと打ち合わせをしたんですが、そのとき姐さんがオレに言いましたよ。襲撃で火傷を負って入院している実行犯がいたんですが、『病院なんかに入れとったらアカンと坂本に言うといて』と。『失敗した人間なんか口封じやろ』と」
 事件後の捜査の推移を見たうえで、坂本から中井らに旅行の誘いがきた。具体的な報酬の交渉をすることが目的だった。
「事件の1~2ヵ月後です。そこで3人で話をしました。坂本は3億円を要求し、姐さんは『カンベンしてくれ』言うてましたね。あの怖い姐さんが土下座してましたから。結局、半分の1億5000万円で手ェ打ったんちゃうかな。とにかく坂本は事件後も『姐さん、どうしたらカネ出すんか』という話ばかりでした。4人も死んだということについては、気にもとめていなかった。坂本は『自分は絶対に捕まらない』とも言っていました。実行犯たちの弱みか何かを握っていたみたいで、『アイツらは絶対口を割らない』と自信マンマンでした。
 姐さんも姐さんで、最初は脅えていたけど、警察の目が自分に向いてこないので日に日に安心してきて、そうなると『坂本にカネなんか払いたくない』という感じになっていました。どちらもカネの亡者なんです」
 事件翌年の’01年5月、中根は別件の強盗致傷事件で逮捕され、服役した。中根はリンリン事件について必要以上には供述せず、襲撃犯たちも依頼主について口を割っていなかった。
「捕まってから姐さんに腹が立って、手紙を出したんです。具体的なことは書けないから『姐さん、冷たいね』と。そしたら東京拘置所まで飛んできました。オレに何かしゃべられたら困ると思ったんでしょうね。ただ、自分は絶対に捕まらないと自信を持っていた」
 しかし、ようやく悪人たちも司直の手に落ちる。’06年2月、実行犯とは別の筋からのタレコミなどにより、ようやく坂本と中井が逮捕され、中根も放火などの容疑で再逮捕された。
「あんな事件を起こして、2人には『バカなことをしたな』と言ってやりたいです。今後は自分を待ってくれていた家族がいますから、いっしょに何かまっとうな商売がしたいです」
 中井、坂本はいまだ塀の向こう側にいる。はたして、4名の命を奪った罪の重さを嚙みしめているのだろうか。(文中敬称略)
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事件直後のリンリンハウス元町店。カプセルホテル代わりに利用していた客が犠牲になった
PHOTO:朝井 豊(1枚目) 共同通信社(2枚目)
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