特別インタビュー 薬物依存症治療のトップドクターが語る 覚せい剤中毒の「最新治療」 第1回 清原被告の「シャブ中」は治るのか
2016.04.06
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国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所の松本俊彦医師

「日本では、薬物乱用防止に関する教育や報道が事実と違うことがたくさんあります。そのことで、薬物依存症に苦しむ人びとに対する誤解や偏見が生まれました。たとえば、薬物依存症がどれほど恐いかを伝えるために、教育上、よく使われる覚せい剤常習者の写真もそのひとつです。どの写真の顔も、目の下にくまができ、頬はげっそり痩けている。髪も抜け落ち、別人のような形相です。しかし、あれは死がすぐそこまで迫っている末期の人で、実際に覚せい剤でそこまでボロボロになることはむしろ稀。滅多にありません」

 こう語るのは、松本俊彦医師(国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 薬物依存研究部部長)。日本国内における薬物依存症治療の第一人者だ。清原和博容疑者の覚せい剤事件で薬物依存症に対する注目が集まっている。「人間やめますか、それとも覚せい剤やめますか」という標語に象徴されるように、一度薬物依存になってしまったら人生終わり、というイメージが広まっているが、清原被告は更生できるのか。松本俊彦医師に最前線の治療方法を聞いた。(以下の発言はすべて松本医師)

 以前、田代まさしさんが覚せい剤の再犯で捕まって、ひどくやつれた衝撃的な姿が報じられましたが、あれも覚せい剤だけの影響ではないものです。彼はあのとき、私の記憶が正しければ、確か胆のうか何かの手術を受けて間もない時期だったはず。激やせはむしろその影響だったのではないでしょうか。
 今回逮捕されたときの清原和博被告もそうです。逮捕直前のニュース映像などを見ると、清原被告のお腹はかなり出ていてかなり体格がいい。顔つきも元気そうでしたよね。薬物常習者の多くは、あのように意外と普通に見えます。
 逆にいえば、そのような普通の見た目の人が覚せい剤の誘いをするわけですから、中には「少しくらいなら大丈夫なんじゃないか」と思う人がいるわけです。

 また、有名人が覚せい剤で逮捕されると、「今頃、収容先で禁断症状が出て苦しんでいる」といった報道がよく出ますが、あれもウソですね。
 薬物の中で禁断症状がきついのは、「ダウナー系」と呼ばれる脳の中枢神経を抑制するドラッグ。アルコールやヘロインなどがそうです。
 徐々に身体が慣れてきて、お酒やヘロインが体内にあって初めてまともな状態として身体が機能するようになるため、使えなくなると、禁断症状が出てきます。日に日に必要量が上がってエスカレートしていくため、必要量が致死量を超えしまったせいで、ヘロインを摂取した直後に呼吸が止まってしまうこともある。よく死亡事故が起こるのはそのためです。
 アルコール依存症になると、手が震えだし、肝臓や腎臓がダメージを受けて、お酒を飲んでも、身体が受け付けずに嘔吐してしまうようになります。そうなると、本人は飲んでもつらいし、飲まなくてもつらいという、生き地獄のような状態に陥ってしまう。苦しさのあまり、「何とかしてください!」と、自ら病院へやって来る人が多いのも、ダウナー系の薬物の特徴です。
 片や、覚せい剤(メタンフェタミン)やコカインなど、「アッパー系」と呼ばれる神経の興奮を高める薬物は、ダウナー系のような離脱症状はほとんど出ません。1日〜2日、懇々とただ寝ているだけですね。覚せい剤を使用している間は食欲が落ちますが、眠り続けて目が覚めると、「腹が減った」と感じるようになり、モリモリ食べられる。お腹を満たして元気が出てくると、「クスリ(覚せい剤)をまたやりたい」と思う。その繰り返しです。使ってすぐに異変が現れるものではないので、中にはそうやって覚せい剤と30年"いいお付き合い"をしている人もいます。最近、中高年の覚せい剤使用者が増えているといわれていますが、その人たちも40代から始めたわけではないんですよ。もっと若い時からやっているんです。ただ、覚せい剤は危険ドラッグのようにすぐに悪くならない。そう簡単に死なないからこそ、やくざのシノギ(収入を得る手段)としては最高なのです。

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清原はどうやって薬物中毒から脱出するのだろうか

 実は世界規模で見ると、日本は奇跡的に薬物の乱用防止に成功している国なのです。取り締まりに関しては、先進国随一。これ以上、伸びしろがないくらい伸びています。
 アメリカでは、一生のうちに1回は違法の薬物を使う人がどれくらいいるかというと、国民のほぼ半数に近い48%。そんなにいるなら違法にしても意味がないのでは?と思うほど氾濫しています。
 これに対し、日本ではせいぜい2〜2.5%と圧倒的に少ない。
 しかし、マイノリティ(少数派)である分、ひとたび薬物依存症になってしまうと、日本では社会からはじかれてしまいます。薬物依存症の症状そのものよりも社会からの排除圧力によって、社会参加ができなくなってしまうといってよいかもしれません。
 とくに逮捕後は、仕事も信頼も失い、家族や友人からも見離されて孤立しがちです。疎外感が強まり、精神的に追い詰められる中で、結局、再びクスリ(覚せい剤)に手を出してしまう人は少なくありません。何度も繰り返し捕まって、刑務所の過剰収容が起きているのもまた現実なのです。

 あるとき、僕はテレビに出て、「そういう薬物依存症の人たちを支える社会的な受け皿が必要です」とコメントしました。するとその後で、「犯罪者を擁護するのか!」と大バッシングを受けました。多くの人にとって、この問題は他人事なのだと改めて実感した出来事でした。
 ダルク(DARC:Drug Addiction Rehabilitation Center)という薬物依存の民間リハビリ更正施設がありますが、それを新しい地域に作ろうとして地元住民に説明会を行うと、必ず反対運動が起きるのも同様です。「"覚せい剤やめますか? 人間やめますか?"と言われて、人間をやめた人たちの集まりを近くに作られたらたまらない」ということなのでしょう。他人事である限り、「自業自得」「クスリを繰り返すのは意志が弱いから」といったひと言で片づけられてしまいます。

 しかし、薬物の世界に引きずり込まれるのは、もともと不良グループにいたり、何かがきっかけで生活が乱れてしまった人だけではありません。どんな人も紙一重なんですよ。それが顕著に表れたのが、昨今、問題となった「危険ドラッグ」でした。僕らの専門外来を受診した患者さんのなかには、有名大学に通う学生や、誰もが知っている大企業に勤める人たちも少なくありませんでした。危険ドラッグの販売店への取り締まりが強化され、危険ドラッグの使用が原因とみられる交通違反で摘発された人数も4分の1に減少するなど、現在、表向きは沈静化していますが、販売ルートをインターネットの場に移すなど、法の目をかいくぐる危険ドラッグに多くの若者や社会人が手を出す状況は、今なお続いています。  若者達が大学に入って、あるいは社会に出て、覚せい剤や危険ドラッグなどの薬物に誘ってくる人は、見るからに怪しい人ではありません。むしろ外見は、お洒落でカッコいい、イケてる人のほうが多い。そんな安心できそうな人が、「大丈夫だから! ほら見てよ。俺、全然平気じゃん?」と、軽いノリで言葉巧みに近づいてくるわけです。入口が決して特別ではないからこそ、油断して興味本位で手を出してしまったり、「集中力が増すから」と勧められるがまま、つい一度試してしまったりするのです。
 違法ドラッグに手を出した子の親からすれば、それまで何の問題もなくいい子に育ってきた自慢の息子が、「薬物」に手を出すなんて到底信じられない。「まさか、うちの子が」という気持ちしかなく、現実をなかなか受け止められません。そして、自分たちがそれまで抱いていた「偏見」というものに初めて気づくのです。

 日本は、薬物乱用の予防には成功していますが、「依存症」という病気を抱えた人の更正や社会参加には、非常に難しい国です。
 アメリカは真逆ですね。薬物に手を出してしまう人の数は多いけれども、その分、きちんとした社会的な受け皿がある。自助グループに通って更正した人は、「普通の人よりもすごい」と尊敬されるような土壌まであるくらいです。
 一国のトップであるオバマ大統領ですら、「若い頃は、大麻やコカインにはまっていた」とカミングアウトしています。たとえ一度クスリで失敗しても、努力次第では大統領にだってなれる。アメリカは薬物依存症の人たちにも、リベンジするチャンスが与えられている国なのです。

 今回、逮捕されたときの清原容疑者の報道に関しては、薬物治療の専門家からすると、非常に気になる点がありました。汗だくで目がつり上がった彼の姿は、見る人が見れば覚せい剤を打ったと一目でとわかるガンギマリの状態。その映像がテレビで流れるたびに、薬物依存症で通院している患者さんは、みんな欲求のスイッチが入って、スリップ(再使用)してしまっていました。
 依存症の人たちは、自分ではクスリをやめようと思っていても、思わぬものに欲求が刺激されてしまうことがあるんですよ。ミネラルウオーターが入ったペットボトルもそのひとつです。注射する際に覚せい剤をミネラルウオーターで溶いていた人は、それを見ただけで脳が快楽を思い出してしまうのです。『警察24時』というテレビのドキュメンタリー番組では、警察が押収した「白い粉」が映し出されることがあります。あれを見てスリップしてしまうことも、よくあるのです。
   薬物依存症から抜け出す方法はただひとつ。正しい治療を受けることです。清原容疑者にも、適切な治療を受けてほしいと願っています。

取材・文 青木直美(医療ジャーナリスト)
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