乙武洋匡氏が語った「40歳の再出発」への決意
2016.04.08
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参院選出馬宣言の
ハズだった
誕生パーティで
謝罪の第一声
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会には田原総一朗氏、堀江貴文氏、神田うの氏ら多くの著名人が駆けつけた
「この会を中止することを何度も考えました。しかし、皆さまの前できちんと今回の騒動をお詫びし、活を入れていただきたい、と開催の決断をしました。正直、この場に立つのは恥ずかしいです。つらいです。でも、しっかりと受け止めて、前に進んで行こうと思います」
 乙武洋匡(ひろただ)氏は、静かに口を開いた。
 4月5日、乙武氏は都内のホテルで誕生パーティを開催した。乙武氏は仁美夫人をともなって、こう挨拶した。
「乙武洋匡とは何だったのか。この2週間、いろいろ考えました。二つあります。まず22歳、大学3年生のときに『五体不満足』が出版され、『明るくさわやかな乙くん』というイメージを抱かれるようになりました。ごく普通の大学生活を送ってきた私にとっては、まったくの虚像でしかありませんでした。世間が期待する『乙武洋匡』を演じるしかなくなってしまい、本当の自分をわかってほしいという思いがプライベートの場で強く出てしまうようになりました。メディアでの堅苦しい真面目な乙武しか知らないみなさまの中には好意的に受け止めてくださる方が多くて、すごく心地良かった。
 もう一つ。『乙武さんと言えば障害を乗り越えた強い人』というイメージがあります。でも本当は乗り越えられていなかった。私は長い間、こうした身体に生まれたことを悲観したことは一度もありませんでした。初めて『この身体が辛い』と思ったのは、結婚して7年目。長男を授かってからでした。あれだけ待ち望んでいた子どもに私は何もしてやることができません。オムツも換えられないし、風呂にも入れられない。父親として何もしてやれない。家にいればいるほど自分が無力な存在であることをつきつけられ、惨めな気持ちになってきた。そこで私は家庭から逃げてしまったんだと思います。弱さです。自分に抱かれたイメージから逃げて、障害からも逃げて、自分を甘やかした。その結果が今回のことにつながった。本当に情けない男です」
 夫が語り終わると、仁美夫人が壇上のマイクの前に立ち、挨拶した。
「葛藤はありましたが、もう一度、夫婦として、家族としてやり直していきたいと思います。ただし、次はありません」
 乙武氏は最後に次のように決意を述べ、パーティを締めくくった。
「実は今日、2週間ぶりに家を出たんです。ずっとひきこもっていました。ゆっくり子どもたちのアルバムを整理して、自分には大切な家族がいるんだと改めて思い至ることができました。明日から40歳、人生の後半戦です。感謝の気持ちを持って歩んでまいります」
 集まった友人・知人は約250人。再スタートの一夜となった。
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