特別インタビュー 薬物依存症治療のトップドクターが語る 覚せい剤中毒の「最新治療」
2016.04.11
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第3回 いまの清原被告は、かつての甲子園の英雄とは別の人
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85年8月、PL学園3年時の清原。写真右の桑田真澄と二人でKKコンビと呼ばれた
 一度覚せい剤の使用で逮捕されると、釈放されたあと何度も再逮捕を繰り返すケースが多いのは事実だ。どうすれば薬物依存から脱出できるのか。その方法はあるのか。松本俊彦医師(国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所 薬物依存研究部部長)に聞いた。(以下の発言はすべて松本医師)
 同じ「依存症」でも、アルコールと薬物では大きな違いが2つあります。
 1つは、合法か違法か。もうひとつは、それによる社会からの「阻害度」です。つまり、薬物依存は一度なってしまうと、社会がその人を受け入れようとしなくなってしまうのです。
 大人がお酒を飲むのは、合法ですよね。典型的なアルコール依存症の人は、学校を出て、仕事の経験を積んでいく中で何かがきっかけになってお酒の量が少しずつ増え、だんだん依存症になっていきます。
 一方の薬物依存症は、見つかれば警察に捕まる違法行為です。10代の頃から不良グループに入ってタバコを吸ったり、シンナーを吸ったり、反社会的な逸脱行動の一環として覚せい剤まで手を伸ばし、そのまま依存症になってしまうケースも少なくありません。
 ですから、アルコール依存症の人は、お酒をやめたときに取り戻すべき生活環境があるのですが、薬物依存症の人は、戻るべき生活がない人も多いのです。売人と会うためにバイクや車に乗ってどんな遠方にも出かけることができるのに、なぜか地下鉄の乗り方がわからないという人もいます。回復の過程では、こうした生活の基本を教える必要も出てくるわけです。
 ただし、薬物依存で逮捕された人が、釈放後に全員治療を受けるわけではありません。本当は初犯のときこそ、しっかり治療して治すのが一番いいのですが、日本では治療が義務づけられていません。裁判所から「治療を受けるように」と命じられるわけではないので、治療は本人の意志次第。家族や周りのサポートで、運が良ければ、治療につながるというのが現状です。
 実際、逮捕後に医療機関を訪れる人は1割程度。せっかく治療にたどり着いても、途中で脱落してしまう人も多いので、社会の受け皿を作るのと同時に、いかに治療につなげて、それを継続させるかも、大きな課題です。
 現在、薬物依存症の治療に関しては、大きく分けて2つの方法があります。  ひとつは、病院の専門家が提供する治療。もうひとつは、元・薬物依存症の人たち(回復者)が行っているプログラム。理想的なのは、両方を使うやり方です。
 今現在の医療では、覚せい剤をやめるための治療に用いる特効薬は、残念ながらありません。主体となっているのは、僕らが開発した「スマープ(SMARPP:Serigaya Methamphetamine Relapse Prevention Program)」というグループワークの治療プログラムです。全国の医療機関に広まりつつあり、入院や通院など、さまざまな方法で治療を行う医療機関や精神保健福祉センターが出始めています。
 ちなみに、うちの薬物依存外来では、予約制の外来通院を基本に、週1回のグループ療法からスタートします。
 依存症の人は、親や医師、「先生」と呼ばれる上の立場の人が苦手で、同じ仲間を好みます。ですから、治療も医師と1対1で行うよりも、同じ依存症の人と一緒にグループワークに取り組む方がいい。専用のテキストに沿って、精神作用物質について、引き金となるものや欲求について、その対処法についてなどを勉強しながら、正直に自分の胸の内を語れる場を作ります。
 外来のグループワークに参加した人には、お茶やお菓子を出し、まだクスリ(覚せい剤)を使っていたとしても、とにかく来院したことを褒めてねぎらいます。彼らは、いつも周りから、「馬鹿」だ「嘘つき」だと言われているので、それだけでうれしいんですよ。社会から拒絶され、居場所がなくなった人には、人から認められ、自己肯定感を上げることができる場所が必要なのです。
 依存症のもうひとつの特徴は、「治りたくない病」であることです。患者さんの中には一所懸命、病院へ通ってくる人もいますが、大半は「本当はクスリをやめたくない。治療もできればしたくない。いろいろ面倒なことがあるから、やめるしかない」と思っている状態なので、治療の中断率が非常に高いのです。以前、僕が勤めていた病院では、初診したからわずか3ヶ月の間でなんと約7割の人が治療をやめていました。だからこそ、いかに外来に続けて来られる環境を作るか、楽しい雰囲気作りをするかが大切なのです。僕らは無断で欠席した人には、必ず「また待ってるね」とメールを送ります。参加者には毎回出席カードに判を押し、1クール終えた人には賞状を渡すなど、イベント的な要素も持たせるようにしています。
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依存症の治療方法について詳しく説明する松本医師

 薬物依存症の人は、自分ではやろうと思っていなくても、クスリへの欲求が高まると、あたかも別人格が顔を出すかのように、あの手この手でクスリに手を出す言い訳を考え始めるんですよ。依存症とは、自分の身体の中に本当の自分とは別に悪魔のような人格を飼っているようなものなのです。その結果、自分の大事なもの──将来の夢や、家族、恋人、仕事などに対する考え方までもが一変してしまう。将来やりたい仕事は、「薬を入手するお金が手っ取り早く手に入る仕事」に。理想の恋人も、「薬を使うことを許してくれる人」になる。昔から知っている人からすれば、もはや別人です。薬物依存症が一番恐いのは、内臓や脳などの肉体的なダメージよりも、その人らしさがすっかり失われてしまって、別人格のようになってしまうことなのです。清原被告がいつから、どの程度の薬物依存症になったのか分かりませんが仮に重度の依存症だとすれば、私たちが知っている甲子園で活躍した清原選手と、いまの清原被告は別の人格なのかもしれません。
 とくに薬物への欲求が高まりやすいのは、空腹時や、楽しい時、腹が立った時、寂しい時、過度の疲れが溜まった時などなのですが、本人にはその変化がわかりにくい。そういう思考のメカニズムに気づくためには、医師と1対1で向き合う治療よりも、同じ問題を抱えている者同士のグループワークのほうが有効なのです。
 最初は「俺は違うよ」と言っている人でも、同じ生き方、似たような生き様をしている人の話を聞くうちに、その人が語る言葉の中にだんだん自分の姿が見えてくるようになる。そうすると、グループの輪も自然と深まり、外来へ通うことが楽しくなってくるので治療の継続を維持しやすくなります。
 患者さんの多くが薬物を使うきっかけになるのは、何らかの圧力です。「おまえも使えよ、仲間じゃん」と。そこで、まず居場所がない者同士が集まって、安心できる場所を作る。そこを逆手に取って、クスリ(覚せい剤)をやめる際も、仲間の圧力を利用するわけです。グループの輪の中で治療をしていくと、「みんなと一緒がいい」という心理が働き、クスリをやめる方向へ進みます。それを継続していく中で、「クスリを使わなくても、楽しい仲間がいる」という感覚を心身に覚えさせるのです。
 「やめられない、止まらない」薬物依存症という病気からよくなるためには、患者さんが「(覚せい剤を)やりたい」と言えることが大切なのです。そう口に出せるうちは、実際に使うことはないんですよ。彼らが覚せい剤を本当にやりたいときは、その気持ちを隠し、虎視眈々とお金の工面をしてこっそり使います。それを「やりたい」と僕らに口にするということは、「やりたいけど、どうにかしたい」という本人の気持ちの表れです。
 刑務所では、「やりたい」とか「やっちゃった」と言うことができないので、出所して間もない人は誰もが始めは外来で「自分は大丈夫ですから」と強がります。しかし、そのうち何かの拍子に欲求のスイッチが入ってスリップ(再使用)してしまうと、恥ずかしくて次の外来に来られなくなってしまう。そういう人はかなりいます。
 だからこそ、グループワークを行う外来は何でも言える場所にし、毎週きちんと通ってきて「やりたい」「やっちゃった」と正直に話したら、しっかりそこを評価して必ず褒めてあげるのです。
 クスリを使ってしまったときも、普通なら部屋に籠もって1〜2週間ほど懇々と使い続けたいはずなんですよ。それを途中でやめて、外来に言いに来たということは、本人に「変わりたい」という気持ちがあるということなのです。
 医師の中でも見解が分かれるところですが、うちでは治療中に患者さんがスリップしたとしても、守秘義務を優先して警察には通報しません。どんなにしっかりした治療プログラムを受けても、依存症の人が安定した断酒や断薬に至るまでには、平均すると、7回〜8回の大失敗があるんですよ。スリップは最初から織り込み済みの経過です。これもよくなるために不可欠な治療のプロセスと考え、七転び八起きで治療を継続させることに重点を置きます。
 最初は、外来に患者さんひとりではなく、付き添われて来ることも多いですね。その場合は、ご家族にも、精神保健福祉センターなどで実施している家族用の教室に通うことをお勧めしています。患者家族もまた、薬物依存症の身内とどう接していいかわからず、悩んでいるのです。
 これまでにも何とかクスリをやめさせようとして、なだめたりすかしたり叱責したり、あらゆる手を尽くしてきているはずなんですよ。困った末に、「やめてくれたら、これ買ってあげる」なんてことを言ってみたり、時には感情的になって、突き放して見捨てるようなことも言ってみたり。
 しかし、依存症がどういう病気なのかをわからずに、ただ説得したり感情をぶつけたりしても逆効果なだけですから、何が一番有効な対処法なのかをご家族にも勉強してもらいます。たとえば、患者さんと会話するときは「おまえ」とか「あなた」という二人称を主語にしないで、「私はこう思う」と言うようにする。これは、アメリカのFBIで交渉人が使うテクニックです。
 人間は自分一人では生きられません。専門的な治療によって患者さん本人が変わるだけでなく、支える側のご家族にも変わってもらう。それが薬物依存症から抜け出すための第一歩です。
取材・文 青木直美(医療ジャーナリスト)


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