スポーツは人間ドラマだ! 第89回 万年3位の殻を破った”ビーチの妖精”浅尾美和が勝ち取った 逆転優勝
2016.04.25
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’09年8月16日
ビーチバレー
ジャパン
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ビーチバレージャパンは国内の上位8チームが参加。浅尾ペアは二つ目のタイトルを獲得
「私たちは勝ちを意識すると、どうしても守りに入ってしまう悪い癖がありました。でも試合中、2人で『ここで守りに入ったら、いつもと同じだから、攻めていこう』と話し合って、風の強いなか、リスクのあるジャンプサーブで攻め続けたのがよかったんだと思います」
 “ビーチの妖精”として一世を風靡した、浅尾美和(23=当時、以下同)は’09年8月のビーチバレージャパンでの逆転勝利をこう振り返る(以下「」内はすべて本人)。
 浅尾は、西堀健実(たけみ)(27)とペアを組み、ビーチバレージャパンに参戦した。決勝の対戦相手はこの年、3度の対戦で一度も勝ったことがない浦田聖子(さとこ)(28)、楠原千秋(33)ペア。同組には第2回戦でもフルセットの末に敗れ、浅尾組は敗者復活戦から這い上がった。
「リベンジできて本当に良かった。いつもたくさんのお客さんに応援してもらっていたんですが、なかなか優勝することができなかったので嬉しかった」
 浅尾は’86年、三重県鈴鹿市生まれ。バレーの強豪・津商業高校で1年時よりレギュラーとして活躍した。
「国体やインターハイにも出場しましたが、身長が172㎝しかないし、実力からもプロは難しいと考えていました。地元の三重で母の友人が経営していたケーキ屋さんに就職しようと思っていた。ところが、卒業後に日本ビーチバレーボール連盟の川合俊一さんの事務所の方に『ビーチバレー界を背負ってくれ』とスカウトされたんです」
 上京し、’04年に選手としてデビュー。その美貌からすぐに雑誌やテレビに取り上げられた。
「当時、横浜に住んでいて、練習するコートが湘南で毎朝5時に起きていました。ボールも自宅から持って行った。朝早いので電車のなかで寝てしまったのですが、一度その様子を撮られて雑誌に載ったときはショックでした。『普段、私はこんな感じで寝ているんだ……』と恥ずかしかったです」
 アイドル的な人気が急上昇する一方、実力は追いつかなかった。国内ツアーでの優勝もゼロで、「万年3位」と陰口を叩かれた。
「私はずっと『誰かに代わって欲しい』と思っていました。ほかの選手からすると、新しく来た若い子が突然注目されて、ビーチにお客さんが増えたことに対して、いろんな思いがあったと思います。当時は『なんで私なんだろう』という気持ちがあり、自分の中で『別の浅尾美和』が大きくなっていると感じていました」
 冒頭の’09年の優勝で、そんなアイドルイメージを跳ね返す意地を見せた。浅尾は’12年に引退を決断したが、会見で’08年の全日本女子選手権優勝と並んで「一番の思い出」と語っている。
「オリンピックには行けませんでしたが、胸を張って『私はやり切った』と言えます。いまはビーチバレー教室や解説の仕事をしています。ビーチのおかげでいろんな人に出会えた……いまとても幸せです」
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表彰台に立つ浅尾と西堀(右)。浅尾は引退後に一般男性と結婚し、1児の母となった
PHOTO:スポーツニッポン(試合中) PHOTO KISHIMOTO(表彰台)
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