“消えた東宮大夫”小町恭士氏はなぜ雅子妃に嫌われたのか
2016.05.23
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5年の任期中、
コミュニケーションに
四苦八苦
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13日付で勇退した小町氏だが、まだ引きつぎなどで東宮には通っているようだ
 5年間の苦難の日々にようやく終止符が打たれた。
 5月13日、皇太子一家に関する事務を扱う東宮職(とうぐうしょく)のトップである、東宮大夫(とうぐうだいぶ)の小町恭士氏(70)が勇退した。
「小町氏は雅子妃とうまくコミュニケーションが取れていないようでした。
 両殿下に就任の挨拶をした以外は、雅子妃からのお召しはまったくありませんでした。皇太子殿下を通じてお話を賜るのみで、直接、ご希望を聞き取ることなどは一切なかったそうです。
 また公務についても、ご夫妻で出席するか否かは当日の朝まで分からないということもありました。さらに、皇太子殿下からは妃殿下同行と伺っていたが、突然にキャンセルされるなど、『お心を開いていただけていない』と苦しい胸の内を漏らしていたこともありました」(全国紙社会部ベテラン記者)
 小町氏は’11年7月に就任した。前任者で雅子妃からの信頼の厚い、野村一成氏が推薦したものだったという。
「野村氏は’06年に2週間のオランダご静養を実現しました。当時、小町氏は駐オランダ大使を務めており、ご一家のアテンドに奔走。この時の活躍が評価されました」(宮内庁担当記者)
 だが、宮内庁での勤務経験がまったくない小町氏に、いきなり東宮大夫の職はあまりに重責だった。雅子妃の信頼を失ったきっかけは、就任からわずか2ヵ月後、’11年9月のある出来事だった。
「愛子さまの山中湖お泊まり校外学習に雅子妃が同行されたことに対して、定例記者会見で『いまの状況が正常だと思っていない』と苦言を呈したんです。その発言をきっかけに雅子妃は小町氏に不信感を抱くようになったそうです」(同前)
 その後も、関係は冷え切ったままだったという。
「雅子妃にとって11年ぶりの外国公式訪問となった、’13年のオランダ訪問にも同行したのですが、ついぞお声がかかることはなかった。雅子妃はご両親とホテルで3時間以上歓談されたのですが、そのときも小町氏は同席していません」(宮内庁関係者)
 いったいなぜここまで関係がこじれてしまったのか。本誌は真相を聞くべく、小町氏を訪ねた。
――小町さんですか。お話しいただけないでしょうか。
 小町氏は手で会話を遮るポーズをして、本誌記者の質問には答えなかったが、
――国民は今後、皇后となられる方の健康状態を知りたいと思っています。
 と質問すると、初めて目線を合わせ、静かにうなずいて去って行った。
 後任には同じく外務省出身で宮内庁式部官長を務めていた小田野展丈氏(68)が就任した。「雅楽や伝統儀式などを担当する式部官長から東宮大夫という人事は前代未聞」(外務省キャリア)だというが、小田野氏は雅子妃の信頼を勝ち取ることができるのだろうか。
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皇太子と美術館を訪れた雅子妃。最近は公務出席や外出の機会が増え、回復の兆しを見せている
PHOTO:結束武郎(小町氏) 時事通信社
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