スポーツは人間ドラマだ! 第101回 「泣き虫愛ちゃん」福原愛が掴んだ銀メダル
2016.07.25
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’12年8月5日
ロンドン五輪卓球
女子団体準決勝
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3歳で卓球をはじめ、7歳で初めてオリンピックを意識したという。27歳で迎えるリオ五輪が最後の五輪となる可能性もある
「キャーという声がすごかった。あの声を寝る前に思い出していました」
 北京オリンピックの卓球女子団体。日本は銅メダルをかけ、韓国との3位決定戦に臨んだが敗北。19歳の福原愛は、韓国の選手が喜ぶ姿が忘れられなかった。
 それでも、手応えを感じてもいた。
「これなら、もっと頑張ればロンドンではメダルを取れる。絶対に」
 俄然、スイッチが入った。ロンドンでメダルを取るためには戦略が必要だ。大前提となるのは、「準決勝で中国と当たらないようにする」ことだ。
 そのためにはメンバーとなる3人の世界ランキングを上げ、中国と反対ブロックに入るようにしなければならない。福原は世界の大会を飛び回った。ある時など、日本に帰って来ても家に帰る余裕がなく、空港で母と落ち合ったりもした。
「これ、空港に住んだ方が良くない?」
 福原は本気でそう思った。パスポートは用紙が足りなくなり、追加しなければならないほどになっていた。
 その甲斐あって、福原(23=当時、以下同)、平野早矢香(27)、そして新たに団体戦のメンバーとして加わってきた石川佳純(19)の3人は順調にランキングを上げた。
 迎えたロンドンオリンピック。この4年で福原は着実に実力を上げていた。団体戦に先立って行われた個人戦で5位入賞。続く団体戦では思惑通り、中国と反対の山に入ることが出来た。
 1回戦ではアメリカを寄せつけずにストレート勝ち。続く準々決勝のドイツ戦では1試合目の石川が勝った後、福原が登場。1ゲーム目を落としたものの、落ちついて巻き返して勝利。ダブルスも順調に勝って、シンガポールとの準決勝に駒を進めた。
 この試合に勝てば、メダルが確定する。4年間は、この日のためにあった。
 第1試合、福原の登場。相手はフェン・ティアンウェイ(25)。フェンは個人戦で石川を破り、銅メダルを獲得していた。しかも福原は過去1勝9敗の対戦成績だった。’09年のアジアカップで勝っただけで、3年間も勝っていない相手だった。
 しかしこの日の福原は集中していた。接戦になった第1ゲームを11対9でモノにすると、2ゲーム目は11対6で追い込む。あと1ゲームで福原の勝ちだ。しかしフェンも黙ってはいない。第3ゲームは取り返され、第4ゲームも接戦にもつれ込む。10対9とマッチポイントを握ると、相手の強打が卓球台をオーバーした。カウントは3―1。貴重な1勝だ。
 攻めの卓球が福原の持ち味だが、我慢して、我慢して相手のミスを待つ戦略が功を奏したのだ。
 この福原の勝利で日本は勢いづいた。続く石川もストレート勝ち。3試合目の平野・石川組も相手を寄せ付けない圧勝。この瞬間、日本のメダルが確定し、福原はベンチで飛び上がり、そして泣いた。思わず、「キャーッ」と叫び声を上げていた。4年前の韓国と同じように……。
「いまなら、韓国の選手たちの気持ちが分かります。4年間かけて、努力してきたものが報われるって、こんなにうれしいものなんですね」
 ずっと「泣き虫愛ちゃん」と呼ばれてきたが、実は小学校高学年になってから泣いたことはほとんどなかった。
「会場で泣いたの、久しぶりかも」
 3度目のオリンピックで、願いはかなった。
(スポーツジャーナリスト・生島淳)
PHOTO:AP/アフロ
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