ロシア ドーピング汚染を告発した美人陸上選手の命が危ない
2016.08.02
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大スキャンダルの発端はドイツテレビ局への「勇気ある告白」だった
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ユリアは7月6日に開かれた欧州選手権に出場。足を痛めて敗退したものの、競技に復帰した喜びを語った
 世界を揺るがしたロシア陸上界のドーピング問題。尿の検体をすり替えるなど、国家的犯行とも言える現状を明らかにするきっかけとなったのは、元陸上女子800m代表のユリア・ステパノワ(30)と、夫・ビタリー氏(34)の告発だった。
「彼女がドイツのテレビ局ARDのジャーナリストであるハヨー・ゼッペルト氏にロシアのドーピング汚染の内実を語ったのは、’14年のソチ五輪のすぐ後でした。ロシアの陸上界ではコーチが『才能だけでは勝てない』と禁止薬物の摂取を勧めており、そのために、選手たちはドーピングが違法であるという感覚すら持っていないこと。違反薬物が電話1本で簡単に手に入る国内の現状。ユリアは、実際にコーチから薬物を手渡される様子を隠し撮りまでして、それらの問題を明らかにしたんです」(ロシアのドーピング事情に詳しいジャーナリストのセイラ・ジャーマーノ氏)
 ロシアは、国家の威信を懸けた自国開催のソチ五輪で計33個ものメダルを獲得し、プーチン大統領を喜ばせた。
 ユリアとビタリー氏は、’09年に出会い、結婚した。
 ユリアは800m1分57秒を切る世界でもトップクラスのランナーだったが、過去の記録は、禁止薬物の摂取によって成し遂げられていたことを夫に告白。ビタリー氏は当時、ロシア国内のアンチドーピング機関・RUSADAで監視官として勤務していた。嘘で塗り固められたロシア陸上界をクリーンにしようと、二人は世界アンチドーピング機関(WADA)に告発状を送った。
 しかし、それでもロシアの体質は変わらず、’13年にはドーピング違反によってユリアが2年間の出場停止に。そこで二人は、ソチ五輪以前から精力的にロシアのドーピング問題を取材していたゼッペルト氏に接触したのだ。’14年末にドイツで放映されたドキュメンタリー番組は二人の証言と隠し撮り映像・音声を中心に構成され、世界に衝撃を与えた。
 ステパノワ夫妻の行動に勇気づけられ、女子円盤投げのエフゲニア・ペチェリナや、女子マラソン界のトップランナーだったリリア・ショブホワといった有力選手たちも、次々とロシアに蔓延するドーピング汚染の現状を告白。ついには、WADAもロシアが国家ぐるみでドーピングを行ってきたと認定し、国際陸連は同国の全陸上選手のリオ五輪出場停止という厳しい処分をくだした。
「ロシアは国威発揚のため、30年以上前の旧ソ連時代から国家ぐるみでドーピングを行ってきました。それが特に顕著だったのは、’88年のソウル五輪。この大会ではカナダのベン・ジョンソンのドーピングが発覚して話題になりましたが、ソ連が行っていた禁止薬物の摂取は西側諸国の比ではなかった。仁川(インチョン)の港に大型船を停泊させ、その船内で薬物を使っていたという話もあります」(スポーツライターの二宮清純氏)
亡命先も安全ではない
 その後、’91年にソ連が崩壊したことで、かつてほどドーピングは行われなくなったが、’00年にプーチン氏が大統領に就任したことで、再び風向きが変わる。「強いロシア」を標榜するプーチン大統領の意を汲み、スポーツ界の幹部たちが禁止薬物を使ってでも選手たちにメダルを取らせるようになったのだ。
「実際、私はあるパラリンピック選手からこんな話を聞いたことがあります。『プーチンがトップに立った後のロシアの選手は、体つきが明らかに変わった』と。その事実に誰もが気づいていながら、これまでドーピングが明らかにならなかったのは、選手団には常に、ロシアから派遣された監視役が付いていたからです。ドーピングをやっているなどと噂しようものなら、自らに危害が及ぶのではないかと、スポーツ関係者はみな怯えていた」(同前)
 スポーツ界全体で周到にドーピングの事実を隠してきたロシアだからこそ、秘密を暴露したステパノワ夫妻に対する怒りは凄まじいという。
 7月20日には、プーチン政権に批判的だったジャーナリストがウクライナで謎の爆死を遂げているが、ステパノワ夫妻が亡命しているアメリカも、決して安全とは言い切れない。
 ARDのドキュメンタリー番組にも多くの匿名のロシア人証言者が登場し、「これ以上話したらどんな酷い目に遭うかわからない」と怯えていた。
「ユリアは五輪出場を認められなかったが、夫とともにリオ五輪に客として特別招待された。二人はこれを辞退する意向を示していますが、夫妻がアンチドーピングのスターとして注目されればされるほど、ロシアの怒りは強くなる」(前出・ジャーマーノ氏)
 夫妻には2歳の一人息子がいる。勇気ある告発者を守るのは、スポーツ界全体の責務だ。
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陸上以外の競技に調査が及ぶのを避けるため、プーチン大統領は7月22日、国内のドーピング撲滅を宣言
PHOTO:AP/アフロ(1枚目写真) 時事通信社(プーチン)
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