さよなら千代の富士「弟子と交換日記のウルフ伝説」
2016.08.05
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負けん気と繊細さが同居した小さな大横綱
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旧国技館(蔵前)の支度部屋で小型テープレコーダーを聴きながらくつろぐ。’81年の初場所、関脇だった千代の富士は横綱・北の湖を破り初優勝する
 千代の富士貢(みつぐ)――。言わずと知れた昭和の大横綱だ。精悍な顔つきと筋肉質の身体からウルフと呼ばれた稀代の人気力士が、7月31日にすい臓ガンで早すぎる死を迎えた。享年61。以下に紹介するのは、激しくも繊細だったウルフの伝説である。
伝説1 恫喝した記者への気遣い電話
「おい、コラ。ぶっ殺してやろうか!」
 ミニバンの助手席から突然、本誌記者に向かって怒声が響く。声の主は元横綱千代の富士、九重親方だった。’11年夏、東京・墨田区の九重部屋前でのことだ。同年2月、野球賭博にからんだ大相撲八百長問題が発覚。春場所は中止に追い込まれた。八百長力士として弟子の千代白鵬の名前もあがっていたため、記者は九重親方に話を聞こうと待っていたのだ。
「ちょっとお話しできませんか?」
「なに? コノヤロー、やんのか!」
 あわてて運転席からマネージャーが降りてきて、記者の袖を摑(つか)む。
「とにかく引き取っていただけないでしょうか。突然のことなので……」
 後味が悪いな。そう感じていた翌日、マネージャーから電話がかかってきた。
「親方が謝っています。『昨日は乱暴な言い方をして悪かった。いまは角界が大変な時期。配慮してもらいたい』と」
 素っ気ない言い方ではあった。だが、元大横綱の気遣いが身に染みた。

伝説2 鬼親方の趣味はジグソーパズル!?
「出直して来い、バカヤロー!」
 稽古場は親方の叱責で、常にピリピリした雰囲気に包まれていた。番記者たちも「もっと相撲を勉強しろよ!」と叱られることもしばしば。だが稽古場を離れると、親方のまったく別の一面が垣間見られた。
「2階の大広間には、よく1m四方の大きなジグソーパズルが置いてありました。柄は、船や西洋のお城などいろいろです。製作者は親方。『オレは細かいことが好きなんだよ、意外だろ』と、照れながら話していました」(スポーツ紙記者)
 弟子たちにも怒鳴るだけではない。
「交換日記をしていたのは有名な話。相撲の悩みだけでなく『親とうまくいっていない』などの個人的相談があれば、『週に一度は実家に電話しろよ』と赤ペンでアドバイスを書いて返却していました。関取衆全員が白星なら、部屋で焼き肉会をやるのも恒例でしたよ」(同前)
 いい勝ち方をした弟子には、絵文字入り祝福メールを送る。マメな親方でもあった。

伝説3 銀座でレミーマルタン飲み歩き
 親方は大の酒好きだ。現役時代から親しい記者やタニマチをつれて、東京・銀座や福岡・中洲で朝まで飲み歩く。愛飲していたのは、高級ブランデーのレミーマルタン。ボトルを何本もあけ、酔うと「オレの酒が飲めないのか!」と一気飲みを強要するのはご愛嬌だったか。
「そんな親方も、今年4月にガンの転移が見つかってからはキッパリ酒をやめた。『病気に勝つまでは絶対にアルコールは飲まない』と笑ってね。ホットウーロン茶ばかり飲んでいましたよ」(部屋関係者)
 120㎏の小兵ながら、優勝回数は歴代3位の31回。意志の強さによる偉業だった。
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部屋で先代・九重親方(左)と、綱の材料・麻をヌカでもむ「麻もみ」を見る
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旧国技館で横綱・輪島と談笑。輪島の左手にはタバコが。喫煙力士も多かった
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今年2月、関係者と麻布十番のガールズバーをあとに。1時間ほど楽しんだ
PHOTO:山田宏次郎 共同通信社
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