芸能界不倫略奪愛の勝ち組VS.負け組
2016.08.14
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ベッキーはどうなる?

山高ければ谷深し――優等生キャラで売っていたベッキーがCMの降板などで被る損害額は4億円をくだらないという。火遊びの代償といえばそれまでだが、彼女だけが悪いのか。数多いる"人生のパイセン"たちとの違いは何か。緊急検証する!
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ホテルの廊下で惜しげもなく開チンされた人間国宝。当の鴈治郎は「世の男性もがんばってほしい」と余裕のエール
 とかく不倫は、ややこしい。芸能人の不倫となれば、ややこしさは倍増する。世間の好奇の目とバッシングにさらされ、ときにはタレント生命を失う危険さえある。年明け早々、ゲスの極み乙女。川谷絵音(えのん)(27)との不倫が発覚したベッキー(32)のように。

 だが一方で、不倫略奪愛を成就させ、理想的カップルと称えられる夫婦もいる。世間の耳目を集めたおかげで、再ブレイクした矢口真里(33)のようにしたたかな者も。不倫の烙印を押されたあのカップルたちは、いかなるドロ沼愛憎劇に身を投じ、いま、どのような生活を送っているのか? 不倫芸能人たちの勝ち負けを、ベテラン芸能リポーターの石川敏男氏にジャッジしてもらった。

好きになった人に
たまたま家族があっただけ
 木之内みどり(58)と聞いて、実写版『野球狂の詩』の水原勇気役を思い出す人は、かなりのオールドファンだろう。
 ’70年代後半、女優としてグラドルとして絶大な人気を誇った彼女と、売れっ子ミュージシャンの後藤次利(64)の不倫交際が発覚したのは’78年。その直後、木之内はすべての仕事をキャンセルし、渡米中の後藤のもとに逃避行してしまう。現役アイドルの大胆行動に世間は騒然となった。木之内は帰国記者会見で「子どもができるようなことはしてません」と言い放ち、なんと21歳の若さで芸能界を引退したのだった。
 5年後、木之内は後藤と結婚するも、わずか4年で離婚。’90年に個性派俳優の竹中直人と再婚し、現在に至っている。
「結局、この2人はうまくいかなかったんだけど、次利さんはいろいろ浮き名を流して、元おニャン子クラブの河合その子と再婚。現在も作曲家、音楽プロデューサーとして第一線で活躍中でしょう? 激しい恋に燃えた過去を教訓として、2人ともいまは成功しているから勝ち組と言えるんじゃないかな」(石川氏)
 ’82年に不倫が発覚したのが、コピーライターとして人気絶頂だった糸井重里(67)と、NHKの連ドラ主演女優にして、日本初のヘアヌード写真集を発売し、世の男どもに随喜の涙を流させた樋口可南子(57)だ。
 既婚者の糸井が1女をもうけた直後の不倫発覚となったが、ユニークだったのは当事者全員がアッサリと不倫を認めたこと。記者会見で糸井が「女房はわかってくれている」と言えば、夫人も「あの人にとってはそれも仕事」と夫を優しくフォロー。不倫相手の樋口にいたっては、
「妻子ある人を好きになったのではない。その人にたまたま家族があっただけ」
 とベッキーに教えてあげたくなる名ゼリフを吐いたのだった。糸井が作った名コピー「おいしい生活」になぞらえ、「おいしい不倫」と陰口を叩かれながらも騒動は終息。その後も2人の関係は続き、’92年に糸井の離婚が成立すると、翌年めでたく入籍した。石川氏はこう判定する。
「発覚してから結婚まで時間がかかっているから、多少のスッタモンダはあったと思うよ。だけど、不倫願望を持つ人にとっては理想的な勝ちパターンだよね」
 正統派美少女として売り出していた葉月里緒菜(40)は、’95年、フィリピンで映画のロケ中だった真田広之(50)を追って、単身マニラ入り。ホテルで熱い抱擁を交わす様子をスクープされた。が、彼女は少しも動じず、「奥さんがいたって平気」と真田の妻で女優の手塚理美を挑発して、「魔性の女」としてバッシングを浴びた。
 葉月の魔性ぶりが発揮されたのはむしろ、ここから。真田が手塚と離婚すると、彼女は真田との関係を解消。イチロー(当時、オリックス)やナインティナインの岡村隆史に接近したかと思えば、’01年にはハワイで現地の寿司職人と電撃結婚。その後、2ヵ月で離婚→’04年に資産家の御曹司と再婚という目まぐるしさだった。
「彼女はいまどきの肉食女子のパイオニアだね。離婚したけど、真田はいい思いができたわけだし、彼はいまも国際派スターとして活躍中。一方の葉月も、好きな男を喰いまくったわけだから勝ち組ですね」(石川氏)
 長年にわたり、"フジテレビの顔"としてニュース番組のメインキャスターを務めてきた安藤優子(57)が2度にわたる不倫・略奪婚の経験者であることは、どこのワイドショーでも報じられていない。
 1度目は33歳のときで、相手は大手広告代理店の営業部長。17年連れ添った妻と部長氏が離婚した直後に結婚したが、3年後には離婚している。’96年にはフジテレビの朝の情報番組『めざましテレビ』のプロデューサーだった堤康一氏との社内不倫が発覚した。
「堤さんにも妻子がいましたが、離婚するまで10年に及ぶ関係を継続、’06年に結婚しています。現在、堤氏はフジの系列会社社長を務めており、幸せなんだから勝ち組でしょう」(石川氏)
 安藤の社内不倫が発覚した’96年暮れには、同じフジテレビアナウンサーだった近藤サト(47)も不倫に走っている。お相手は歌舞伎役者の坂東八十助(やそすけ)だった。
 妻で元宝塚スターの寿ひずると別居状態だった坂東は「遊びではない」と明言。’97年に離婚が成立すると近藤の実家を電撃訪問した。近藤もフジを退社し、大恋愛の末に2人は結ばれたのだが――。
「女子アナになる人はステータスが欲しい人が多い。近藤サトは"梨園の妻"になりたかったんだと思います。ただ、晴れて妻の座についたはいいが、坂東の親戚や後援会から『子供を産むな』と言われ続けた。理想と現実は必ずしも一致しないという意味で負け組ですね」(石川氏)
 結婚生活は2年弱で破綻。近藤は’03年に一般男性と結婚し、1児をもうけた。坂東は独身を通して昨年、膵臓癌のため59歳で急逝した。
 不倫は妻にとっては裏切り行為でしかない。’97年、Mr.Childrenの桜井和寿(46)の不倫が発覚したとき、ファンはこぞって桜井夫人に同情した。彼女はレコード会社のミスチル担当マネージャーで、売れないミュージシャンだった桜井を、支え続けてきた糟糠の妻だったからだ。恩ある"育ての妻"を捨て、桜井が不倫に走ったのはセクシーグループ、ギリギリガールズの吉野美佳(42)だった。
 妻と別れた桜井は’00年に吉野と結婚。3人の子宝にめぐまれて、本業も順調そうに見えるが、石川氏は「負け組」だとジャッジする。
「不倫発覚でミスチルは2年間も活動を休止するハメになった。ファン離れを招いた罪は重い」
 GLAYのヴォーカル、TERU(44)とPUFFYの大貫亜美(42)の不倫が発覚したのは’98年。GLAYの『REVIEW』が500万枚を売り上げたまさに絶頂期だった。
 TERUは’93年にファンのA子さんと"デキ婚"。親族によれば「子煩悩な2児のパパ」だったというが、ミリオンセラーバンドのヴォーカルの重圧は凄まじかったのか、「自分の時間がほしい」と自宅に寄りつかなくなる。そんなとき、出逢ってしまったのが亜美だった。
 本誌の取材に「音楽活動を続けていくうえで亜美ちゃんの力が必要なんです」と答えたTERUは妻と別れて’02年、亜美と再婚する。
「ファンはショックだったかもしれないけど、FRIDAYに答えたとおり、TERUには彼女が必要だったのでしょう。いまもGLAYとPUFFYは現役として活躍し続けているわけだから勝ち組ですよ」(石川氏)
 ’98年にはもうひとつの大物カップルが不倫を経て結婚している。同年10月、モデル出身の夫人と離婚したのは、とんねるずの石橋貴明(54)。それからわずか1ヵ月後、石橋は鈴木保奈美(49)との結婚を発表した。
「ラブストーリーは突然に」を地でいく電撃婚に世間は仰天したが、結婚発表ではさらなるサプライズが待っていた。鈴木はすでに妊娠3ヵ月だったのだ。トレンディドラマの女王だった鈴木が、F1解説者の川井一仁氏と結婚したのは’94年。3年後に離婚しているものの、逆算すると懐妊時は石橋の離婚前なのである。石川氏は「条件つきの負け組」と判定した。
「このダブル不倫以降、石橋さんはパッとしないよね。もっとも、人気に陰りの見えてきた夫を尻目に保奈美さんは’11年から女優に復帰。3児のママと両立している姿を見れば、彼女だけは勝ち組と言っていいかも」(石川氏)

不倫が招いた家庭の危機に "世界のクローザー"が登板
 芸能界の不倫史上、おそらくもっとも年の離れた相手と不倫を楽しんでいたのが歌舞伎役者にして、人間国宝でもある中村鴈治郎(がんじろう)(現・四代目坂田藤十郎)だ。’02年、70歳だった鴈治郎は孫ほどにも年の違う祇園の舞妓、孝蝶(たかちょう)にゾッコンになっていた。彼女は鴈治郎より51歳も年下の19歳。年の差、実に半世紀である。
 その日、鴈治郎が宿泊先のホテルに戻ると、時間差で孝蝶が入室。1時間後、バスローブ姿の鴈治郎に見送られながら、孝蝶が部屋を出る。と、彼女を呼び止めた鴈治郎はバスローブの前をパッとはだけて、自分の大切な"お宝"を"開チン"したのだった。
「当時、国土交通大臣だった扇千景さんの初期対応が素晴らしかった。現役の大臣に『ウチの主人は役者ですよ?』とビシッと言われては、マスコミは黙るしかなかった。ただ、50も年下の舞妓さんを相手に不倫と言っていいものか……。この騒動の真の勝者は人間国宝の歴史的な"お宝開チン"の瞬間を撮ったFRIDAYってことでいいのでは?」(石川氏)
 お笑いコンビ、ウッチャンナンチャンの内村光良(51)と、テレビ朝日アナウンサー、徳永有美(40)の交際が発覚したのは’03年だった。
「内村は女子アナキラーで、それ以前もフジの八木亜希子、テレ朝の下平さやかとの仲が噂になっていた。とくに下平とは親密で、’00年に2人のドライブ温泉旅行をキャッチした週刊現代には、車内で内村の下半身に下平アナが顔を埋めたかのような意味深な写真が掲載され、大きな話題になりました」(テレビ朝日関係者)
 それが直接の原因かは不明だが、2年後に2人は破局。その後、内村の毒牙(?)にかかったのが、同局のディレクターと結婚していた人妻の徳永だった。
 妻の不倫発覚に同期入社の夫は激怒。会社にもニラまれた徳永は、朝の看板番組『スーパーモーニング』など担当番組を軒なみ降板させられることに。
 離婚から2年後の’05年、彼女は内村との結婚を正式発表してテレビ朝日を退社した。かたや内村も不倫騒動の影響か、レギュラー番組が次々と消滅。「内村は終わった」とささやかれたが、その後、不死鳥のごとく復活。いまや、『世界の果てまでイッテQ!』など、多くのレギュラーを抱える大物ピン芸人へと変身した。
「この不倫はモメましたよね。騒動以降、徳永さんはいっさい、テレビに出られなくなったけど、それでよかったと思う。出てこなければ世間の人たちは騒動があったこと自体を忘れるから。顔を見せないことが正解!」(石川氏)
 内助の功に徹した徳永との間に2人の子供も生まれた。ただし、ウッチャンは’05年に結婚して以降、現在まで、テレビ朝日だけはいまだレギュラー番組ゼロだ。
 スリムボディで「ハマの大魔神」をトリコにしたのが小悪魔キャラで人気だった榎本加奈子(35)だ。彼女とシアトル・マリナーズ、佐々木主浩(48)の不倫は’03年秋に発覚した。
 佐々木は’91年に、元アイドルの女性と結婚し、2児をもうけるも、榎本との不倫が原因で’05年に離婚。その直後、榎本は佐々木と「できちゃった」再婚し、間もなく出産している。
 絵に描いたようなドロドロ略奪婚だったため、当初は榎本にバッシングが集中したが、佐々木の前妻がホスト遊びに興じて育児放棄したとの報道もあり、一転、榎本は前妻の子供の面倒をみる、できた嫁ということに。
 ところが、’14年、前妻の長女が週刊誌上で「弁当は豆腐だけだった」「風俗で働けと言われた」と榎本批判を展開。佐々木が「長女が『ダイエットしたいから豆腐だけにして』とオーダーした」などと"火消し"のため、別の週刊誌に登板する騒動になった。
「あの渡辺謙さんも離婚したとき、娘の杏に猛反発されていたけど、思春期だったんじゃないかな。いまでは何かあるたびに相談する仲らしいから。父親さえしっかり仕事をしていれば、おさまるもんだよ。これからの佐々木さん次第ということでドローかな」(石川氏)
 ’04年のとある夜、六本木のバーの片隅で、ギタリストの布袋寅泰(ともやす)(54)は、ギターの代わりに女優・高岡早紀(43)のグラマラスバディを抱え込み、前戯さながらの激しい愛撫を繰り返していた。だが、布袋には歌手で女優の今井美樹(52)という妻が、高岡には保坂尚輝(48)という夫がいた。
「FRIDAYがダブル不倫をスクープした後、布袋はマスコミ各社に『火遊びがすぎた』と謝罪のFAXを送ったが、これを読んだ保坂が『許さん!』と激怒。男と男の決闘になりかねない騒ぎとなった。身の危険を感じた布袋は一時、ボディガードを雇ったそうです」(音楽関係者)
 では、布袋の妻、今井の反応はどうだったのか? 内心ではカンカンだったはずだが、実は彼女には夫に強く出られぬ事情があった。
 今井には夫を親友から略奪した過去があったのだ。’85 年、布袋は歌手の山下久美子(57)と結婚するが、その山下の親友が今井だった。
 不倫としては一番マズイ形で2人の交際ははじまり、’96年に今井のミリオンヒット曲『PRIDE』が出るころには不倫の真っ最中。このころには山下も、親友の裏切りに気づいており、著書『ある愛の詩』(幻冬舎)で、ライブの打ち上げで、当然のように布袋と向き合って座る今井の姿に嫌悪感を覚えたと告白している。かくして布袋と山下は’97年に離婚。その2年後に今井は布袋の妻になった。その布袋に裏切られたのだから因果応報というべきか。
「もっとも、彼らのように家庭の匂いのしない夫婦の場合、仕事が順調かどうかが判断基準になる。その点では、勝ち組ですね」(石川氏)
 数ある不倫証拠写真の中でもインパクト抜群だったのが、’06年にFRIDAYがスクープしたフリーアナウンサー、山本モナ(40)と民主党の若手ホープだった細野豪志衆議院議員(44)の「路チュー」不倫騒動だった。
 このとき、彼女は華々しく朝日放送を退社してフリーになった後、「関西最強女子アナ」として、TBSの看板番組『NEWS23』のキャスターに抜擢されたばかり。出演わずか5日で番組を降板させられた彼女が、テレビに復帰したのは11ヵ月後。「肉食系女子アナ」キャラで盛り返し、’08年にはフジの情報番組のキャスターに抜擢された。「ついに、リベンジ」と思いきや、当時、巨人の選手だった二岡智宏と五反田のラブホに直行するのを女性誌に撮られてしまい、またも番組を降板するハメに……。
 本人は「やってたら、やってたって言う!」と肉体関係を否定したが、2度の大失態でマスコミへの露出は激減。’10年に一般男性との結婚を発表し、翌年には芸能界を引退した。3年前に芸能活動再開を宣言するも、目立った活動は見られない。路チューで知名度を上げた細野議員はその後、環境大臣や党幹事長を歴任するなど、勝ち組と思われるが……石川氏は首を振る。
「細野がどれだけ活躍しようが『モナ男』という不名誉な異名は一生ついてまわる。これは政治家として致命的ですよ」
 トリを飾るのは演歌歌手・紫艶(しえん)(38)との「20年不倫」騒動がいまだに収まらない落語家の桂文枝(72)だ。当初、FRIDAYのスクープにダンマリを決め込んでいた師匠だが、その後の釈明会見で「事実と違う。(不倫は)20年前からと書いてあったのにはビックリした」「紫艶とは2年前、東京の落語会で会ったのが最後」と涙ながらに身の潔白を主張した。
 だが、文枝が大河ドラマ『真田丸』での千利休姿の写真をLINEで送っていること、彼女が〈ぱぱりん、千利休役似合ってる♡〉などと返していること、毎月15万〜20万円の「愛人手当」を振り込んでいたという続報が打たれると、師匠の立場はかなり苦しくなった。
「完全な負け組です。文枝さんは芸人なんだから『浪花恋しぐれ』でも歌いながら報道陣の前に出てくればよかったんですよ。それが芸のために女房を泣かすどころか、自分が泣いてるんだから」(石川氏)
 というワケで、世に不倫の種は尽きまじ。芸能界不倫予備軍の方々はこれを読んで、不倫発覚後の対応策を練っておいてください。
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’05年1月、寿司屋デート後、榎本(右)が佐々木のベンツを運転して帰宅した。この約4ヵ月後に2人は入籍した
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まるで映画みたいなモナ(左)と細野議員の路チューシーン。だが、世間の反発は強く、直後に担当番組を降板
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不倫が発覚し、ミスチルが活動休止している間も桜井(右)と吉野は逢瀬を重ねた。カラオケデートをしたことも
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キャスターとディレクターという関係から始まった不倫は10年後に成就。夫は関連会社社長に出世した

記憶に残る不倫カップルたち
’86年4月、そのカップルは衆人環視の中、ラブホの真ん前に停めた車中で何度もキスをしていた(1枚目写真)。男はアクションスターの谷隼人(69)。「奥さんがいるでしょ」と小田かおる(54)にラブホ行きを拒否された谷はなんと、車中でコトに及ぼうとしたのだ。だが、妻の松岡きっこは彼を許したばかりか「仕事に影響が出たらかわいそう」と心配までした。そのかいあってか、あるいは谷の突進力を買ってか、この年、谷は『風雲!たけし城』(TBS系)の隊長役に抜擢されて再ブレイクをはたした。対照的だったのが俳優の内野聖陽(47)だ。宝塚トップスターの妻、一路真輝(51)と別居中の’10年に人妻Aさんと車中不倫キスを敢行(2枚目写真)。約1年後に離婚してしまった。もっとも、仕事熱心なあまり家庭を顧みなかったことが別居の原因だったことを考えれば、いまもドラマに映画に引っ張りだこの内野は「勝ち組」なのかもしれない。最後に勝ち負けを超越したカップルを紹介しよう。’93年、俳優の川﨑麻世(53)が開いた不倫釈明会見は異様だった。彼を会見場に先導したのは妻のカイヤ(53)。しかも2人はなぜかペアルックだった。仁王立ちしたカイヤにニラみつけられながら、涙声で謝罪する夫――。だが、この会見が功を奏してカイヤはブレイクするのだから世の中わからない。その後、お互いに不倫をしつつ結婚26周年を迎えた2人(3枚目写真)。ギニア人のパピ氏と交際中だというカイヤは本誌取材にこうコメントした。「いまは麻世が浮気した気持ちがわかるヨ。スキになったらブレーキはきかないから」
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PHOTO/曾田 園 結束武郎 島 颯太 中井川俊洋 船元康子 吉田暁史 取材協力/細田マサシ
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