SMAP解散ドキュメント 本誌が摑んだ「200日抗争」の全内幕
2016.08.18
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「キムタクvs.香取」メンバー間の深刻な対立は収まりきらず
キャスティング会社と接触を取り始めた"育ての親"飯島元チーフマネージャー
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SMAPの各メンバー。そのグループ名は、"Sports Music Assemble People"からきている
 リオ五輪が開幕して間もない8月10日。体操の男子個人総合で内村航平が2連覇を果たしたこの日、東京・赤坂の乃木神社近くにある白亜色のジャニーズ事務所で、日本中を揺るがすことになる極秘の話し合いが行われていた。
 所属タレントたちの華やかさと比べると拍子抜けするほど簡素な造りの地上3階建てビルに入ると、正面に警備員の男性が待ち構える受付があり、右手にエレベーターが見える。エレベーターに乗って3階にあがると、そこにはこぢんまりとした会議室と並んで社長室がある。この日の午後4時、ジャニー喜多川社長(84)が厳しい面持ちで面談していたのはSMAPのメンバーたちだった。ただしこの時、ハワイへ家族旅行に出ていた木村拓哉(43)の姿だけは見えなかった。
「活動休止するくらいなら解散したい」
 ジャニー社長に向かってこう切り出したのは、メンバー最年少の香取慎吾(39)だった。グループとして音楽活動再開のメドが立たないままSMAP存続の期待を抱かせてしまうのは、ファンに対して失礼です、と訴えたのだ。草彅剛(42)と稲垣吾郎(42)がすぐさま香取の発言に同調する。「解散」の言葉は想定外だったリーダーの中居正広(44)だが、戸惑いながらも彼らの意見を受け入れるしかなかった――。
 今年1月に突如表面化した分裂騒動からおよそ200日。ついに最後の決断が下されたのだ。
 ジャニーズ事務所はこの4日後、SMAPが年内いっぱいで解散すると正式に発表した。SMAP解散は国内のみならず海外でもビッグニュースとして取り上げられ、多くのファンが落胆した。
 キムタク不在を突いて香取が"謀反"を起こした事実は、メンバー間に修復不可能な対立があったことを物語っている。「キムタク憎し」については後述するとして、1月の騒動以降、事務所サイドとメンバーの間では、数回にわたり解散を回避するための話し合いが持たれてきた。
「分裂に危機感を抱いていたのは、他ならぬジャニー社長です。’91年にCDデビューしたSMAPにとって、今年は25周年の節目にあたる。メンバーを『踊れない』などとコキ下ろす姉・メリー喜多川副社長(89)と違って、SMAP産みの親でもあるジャニー氏は5月に『命をかけても守る』と明言。アニバーサリーライブ開催の希望を持ち続けた。ところが今夏TBSとフジテレビの歌番組2本への出演も、キムタクとは目も合わせなくなった香取らの意見で取り止めに。そのうえ解散まで突き付けられてしまい、言葉を失うほど落胆していました」(芸能リポーター)
 そして中居も、SMAP名義でCDを出すのは反対こそすれ、グループの存続を希望していた。
「冠番組を持って司会者として成功し、テレビにも引っ張りダコの中居はキムタクよりもリッチと言われています。中居の預金額を聞いたというテレビ関係者が『十億の単位だった!』と驚いたともいう。解散すれば他のメンバーの収入は激減する可能性がある。だからこそ、中居はグループを維持するほうが賢い生き方だと言いたかったんです」(大手芸能プロ関係者)
 実際、これまで五輪キャスターとして現地入りしていた中居も、騒動を起こした後のリオでは国内で関連番組の司会業にのみとどまっている。"粛清"はすでに始まっているのだ。
 だが、「キムタク憎し」の香取にとってこれ以上活動を続けるのは耐えられないことだった。その背景にあるのが、チーフマネージャーだった飯島三智氏(59)の存在だ。
「1月の騒動が起きる前から、香取と木村の関係は悪化していました。香取は売れなかった自分たちをデビュー当時から支えてくれた飯島さんではなく、いくら副社長とはいえメリーさんの顔色ばかり窺(うかが)う木村に不信感を抱いていた。小学生のころから活動してきた香取にとって、飯島さんは親も同然。そんな彼には分裂騒動でもメリーさん側に付いた木村の裏切りは絶対に許せなかったのでしょう」(同前)
 SMAPは分裂するが各メンバーは9月以降、事務所と1年間の契約を更新し、来年以降もジャニーズタレントとしてソロ活動するという。とはいえ、"飼い殺し"になるのは火を見るより明らかだ。

飯島氏の"隠密行動"

 そこで気になるのは、ジャニーズ事務所を追われた飯島氏の動向。そもそも一連のSMAP騒動は、オーナー一族とはいえ、飯島氏に主導権を握られてしまうのでは、と危機感を抱いたメリー&藤島ジュリー景子副社長(50)母娘が彼女を退社に追い込んだことがきっかけだった。
 退社後、飯島氏は周囲に「もうこんなのはこりごり。今後、芸能関係の仕事はしない」と漏らしていたという。ところが本誌が目撃した彼女の行動は、その言葉とは真逆のものだった。
 たとえば7月下旬のある日。午後1時過ぎに都内の自宅マンションから愛車で外出した飯島氏は、六本木のホテルへ向かった。彼女がそこで1時間以上にわたり話し込んでいたのは、コマーシャル制作で定評のある有力キャスティング会社の関係者だった。
 この会社、大手広告代理店電通と関係が深いことでも知られる。芸能関係の仕事から足を洗った彼女が、なぜキャスティング会社と接触するのだろうか。
 さらに不可解な行動は続く。
 その2日後、ほぼ同じ時刻に自宅を出た彼女は、多くの会社がオフィスとして利用する虎ノ門の高層ビルへと入っていった。本誌が見た限り、現在はこのビル内のオフィスを仕事の拠点にしているようだ。夜7時、ビルを出た彼女は丸の内のホテルへ。地下駐車場にクルマを停めると、中の高級中華料理店へ足を運んだ。
 驚いたのは、店が閉まる直前のことだった。なんと、同じホテルのエレベーターホールからKis―My―Ft2(以下キスマイ)の玉森裕太(26)が現れたのだ。キスマイといえば、彼女がマネージャーを務めていた「飯島派」のグループ。その主要メンバーでもある玉森が偶然同じ場所、同じ時刻に居合わせたとは考えにくい……。飯島氏は玉森がホテルを去った1分後にエレベーターホールに姿を現し、そのまま駐車場へ向かった。
 玉森にとっては、仕事の悩みを打ち明けただけだったのかもしれない。だが、この一幕は飯島氏がいまもジャニーズタレントにとって欠かせない存在であることを窺わせるものだった。
「実際、彼女は自分が関わってきたタレントのことをとても気にかけています。その最たる存在がSMAPであり、"末っ子"の香取でしょう。ストレスで眠れない日が続き、みるみる憔悴していく彼の姿に胸を痛め、『慎吾だけはなんとかしてあげたい。慎吾を守ってあげなきゃいけない』と語っているようです」(テレビ局関係者)
 ジャニーズタレントで独立・移籍して成功したのは郷ひろみ(60)、本木雅弘(50)らひと握り。キーマン飯島氏を軸に年末、もうひと波乱起きそうだ。
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7月下旬、深刻そうな表情で電話で話し込む飯島氏。平日は忙しそうに都内を駆け回り会合をこなしていた
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1月18日放送の『SMAP×SMAP』では木村以外のメンバーが騒動を謝罪した
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SMAPの反乱に怒りが収まらないメリー喜多川副社長は、メンバーとの話し合いにも参加しなかった
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解散に猛反対したジャニ―社長。最後はメンバーの意思を尊重したが、意気消沈した様子だという
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飯島氏が去り、ジャニーズ内で日に日に権力を増している藤島ジュリー副社長。"新女帝"になる日も近い?
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結成して間もない’89年のSMAP。この時は、まさかこんな最後を迎えるとは想像もしていなかっただろう
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東京・赤坂のジャニーズ事務所。’98年、SMAPがミリオンヒットを連発しているころに建てられた
PHOTO:山田宏次郎 西 圭介 西原 秀 高塚一郎 等々力純生 川上孝夫 桑田 真 坂 昌道
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