スポーツは人間ドラマだ! 第104回  「甲子園は清原のためにあるのか」怪物が放った2本の超高校級ホームラン
2016.08.22
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’85年8月21日
第67回全国高校野球決勝
PL学園対宇部商業
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2本目のホームランを放った清原。「当時、彼と対戦したい投手は山ほどいた。僕はラッキーです」(古谷氏・写真左)
「言葉では言い表せない、スターの雰囲気をまとっていました。実況していても、次はどんなプレーを見せてくれるんだろうと、楽しみで仕方なかった。原辰徳や松井秀喜など、天才だと思う高校生は何人もいましたが、清原がバッターボックスに立ったときのオーラは、他の選手とは比べものにならなかった。彼は私が見てきた中で、間違いなく一番の選手です」
 ’85年夏の甲子園決勝、PL学園vs.宇部商業の実況を担当した元朝日放送アナウンサー、植草貞夫氏(83)は、清原和博の存在感をこう表現する。
 最後の甲子園となったこの試合で、清原は2本の超高校級ホームランを放ちチームを優勝へと導いた。対戦した宇部商業の先発、古谷友宏氏は清原の驚異的なバッティング技術をこう語る。
「高校時代の清原は、インコースが苦手とされていた。監督からもそこを重点的に攻めろと指示を受けていたので、自信のある決め球のシュートを内角に投げ込んだんです。彼がその球を打った瞬間、『ゴキッ』と鈍い音がした。
 明らかにつまったような音だったので、これはレフトフライに打ち取ったなと安心しました。ところが、打球がえらい速かったんです。結局、ボールはライナーのままラッキーゾーンへ消えていった。自分の得意球で清原の苦手コースをついたのにホームランにされ、もう何を投げていいのか分からなくなりました」
 4回、1対0の場面で飛び出した清原のこの一撃で、試合は同点に。PLが加点すれば宇部商業も打ち返す、一進一退の攻防にもつれ込む。3対2で宇部商がリードする6回、再び清原に打順が回ってきた。
「前の打席でホームランを打たれているので、インコースには怖くて投げられなかった。だから外角に投げてかわそうと考えたんです。ところが2球目、打ってくださいと言わんばかりの高めのストレートを投げてしまった。打たれた瞬間、『やられた』と思いました。ボールはすごいスピードでバックスクリーンに飛んでいった。たった一球の甘い球を見逃さず、きっちりホームランを打った清原の勝負強さには脱帽です」(古谷氏)
 この試合2本目のホームランを放った清原が悠然とダイヤモンドを一周しているとき、植草アナの甲子園史上に残る名セリフ、
「恐ろしい! 甲子園は清原のためにあるのか!」
 が生まれた。
「ダイヤモンドを回る彼の顔が画面にアップで映し出されたんです。その瞬間、あの言葉が口をついて出てきた。本当にとっさのことで、事前に用意したセリフではありませんでした」(植草氏)
 結局、試合はPLが攻め勝ち、4対3でゲームセット。清原は高校生活3年で2度目の夏の甲子園優勝をもぎ取った。
 清原の甲子園での通算成績は91打数40安打、打率4割4分。13本塁打の大記録は、いまだ破られていない。
「彼のような高校生は、もう出てこないかもしれない。それだけ野球選手としてのセンスは突出していました」(植草氏)
 清原は今年2月に覚醒剤所持と使用で逮捕され、現在は公の場から姿を消している。純粋さと愚かさは紙一重だ。誰もが羨む圧倒的な才能に恵まれた「野球の申し子」は、31年後のいま、どんな思いで高校野球中継を見つめているのか――。
PHOTO:時事通信社
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