独占スクープ!清原和博「厳戒の宮古島潜伏」撮った!
2016.09.09
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96日間、姿を消していた番長の姿を捉えた
足首まで入った入れ墨を隠す長ズボン、
でっぷりと太った体軀からは
更生の意思が感じられず、
左の腕には無数の注射痕らしき跡があった
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9月5日、宮古島の空港に姿を現した清原。搭乗時間が迫ると、マスクを外しながら搭乗ゲートに向かっていった
 グレーのハットを目深(まぶか)に被り、マスクにサングラス。他の観光客が短パンなどの涼しげな服装でいるなか、黒い長ズボンを穿いている。9月5日の昼過ぎ、沖縄・宮古空港の出発カウンターに異様な出で立ちの巨体の男が現れた。清原和博(49)である。
 でっぷりと出たお腹は、事件前とまったく変わっていない。暑苦しくても長ズボン姿なのは、足首までびっしり入った入れ墨を隠すためだろう。左腕には、注射痕のような跡が無数にあった。清原はしきりに周囲を気にしていたが、入念な変装のためか、まさか清原がこんな場所にいるとは思っていないからか、周りの乗客はまったく気づいていない。清原は搭乗時間ギリギリまでトイレに籠もっていた。人気がなくなったタイミングを見計らってゲートをくぐり、清原は関西国際空港行きの飛行機にひとりで乗り込んでいった――。
 覚せい剤取締法違反罪で起訴された清原に懲役2年6ヵ月、執行猶予4年の有罪判決が下されたのは、5月31日のこと。裁判では涙を流して反省の言葉を述べ、「申し訳ありませんでした」と何度も頭を下げた。しかし、その後、清原は忽然と姿を消した。
「判決直後、清原が記者会見を開くという情報も流れました。今後、どのような更生プランを予定しているのか、裁判で語られた『薬物使用は球界引退後から』という主張は本当なのか、注目が集まっていましたが、実現しませんでした。結局、清原は公の場で自分の口から事件の詳細を語っていない。ずっと姿を隠し続けているのです」(全国紙社会部記者)
 本誌は96日間、姿を消していた清原の姿を捉えた。それが、宮古島だった。
「宮古島は清原さんのお気に入りの場所なんです。’06年に当時所属していたオリックスの春季キャンプで初めて訪れた。それ以来、プライベートでも何度も訪れているようで、島の南部にある「多良川」という酒蔵には清原さんが購入した泡盛の甕(かめ)まで貯蔵されています」(スポーツ紙記者)
 清原は潜伏生活のさなか、宮古島を訪れていたのだ。
「宮古島には、清原さんの弟分とも言えるA氏が同行していました。清原さんの昔からの遊び仲間で、六本木でサパークラブを経営しており、地下格闘技団体などとも関係が深い人物です。現在、清原さんは大阪に拠点があり、ごく少数の支援者のサポートを受けて生活しています。ただ、ほとんど外出しない"引きこもり"状態で、『お世話になった人たちに申し訳ない』とずっとふさぎ込んでいる。A氏が『気晴らしに』と清原を誘い、宮古島を訪れたのではないでしょうか」(清原を知るプロ野球関係者)
 二人は清原のお気に入りの酒蔵「多良川」も訪れたようだ。蔵の関係者が話す。
「9月3日に清原さんは男性(A氏)と二人でいらっしゃいました。ご自分の甕の様子を見て、ウチの社長と談笑していました。ウチにいたのは15分ほどだけでしたが、お元気そうな様子でした」
 この宮古島での様子を見ると、清原の生活ぶりは逮捕前と何も変わっていない。一行が滞在していたのは、「シギラリゾート」。約100万坪の敷地内に複数のホテルや温泉、ゴルフ場まで備えた一大リゾート施設だ。なかでも、リゾート内で最高クラスのホテル「シギラベイサイドスイートアラマンダ」の専用プールつきプライベートコテージに泊まっていたようだ。ハイシーズンには1泊1室20万円近くになる、超高級ヴィラだ。夜の遊び仲間と一緒に"東洋一"と言われるビーチで遊び、リゾート内の高級レストランで食事を楽しむなど、セレブ気分が抜けていない。元厚労省地方厚生局麻薬取締部捜査第一課長の高濱良次氏が話す。
「執行猶予中の4年間というのは、入院など、薬物治療に専念すべきでしょう。同行していた仲間が薬物に関係しているかはわかりませんが、かつて夜遊びをしていた仲間となると、薬物の誘惑がまったくないとも限りません。清原氏の公判などを見ていると、意思が強い人間とは思えない。だからこそ、治療や入院を優先すべきではないでしょうか」
 9月5日、宮古空港を発った清原は、現在の拠点からほど近い関西国際空港に降りたった。そこで、清原を直撃した。
――清原さん、FRIDAYです。
「……」
――宮古島はいかがでしたか?
「……」
 何度問いかけても、清原はうつむいたまま。ずっと携帯電話を耳に当てているものの、誰かと電話をしている様子ではない。迎えの男性に促され、小走りで車に乗り込み、空港を後にした。かつて本誌カメラが直撃するたび、「なんや、コラ」と威圧し、ときに子どものようにフザけてからかってきた"番長"の姿はそこにはなかった。清原がプロ入りしたときに西武球団代表だった坂井保之氏が話す。
「事件後、清原からは一切連絡はありません。ただ、君のことを本気で心配している人間たちはいるんだぞ、ということを彼にはわかってほしい。執行猶予の4年というのは、彼にとって非常に長く辛い期間だとは思います。だからこそ、一日一日、歯を食いしばってまともに頑張ってほしいんです」
 事件の詳細を自らの口できちんと説明し、治療に専念してほしい。自らの罪から目を背けるように逃げ回っているうちは、更生からはほど遠いのではないか。
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清原が訪れた島の酒蔵「多良川」。故・仰木彬元監督など、オリックス関係者の甕も置いてあるという
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5日夕方、関西国際空港に到着した清原。本誌記者が何度問いかけても、うつむいたままだった
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出迎えの男性に促されながら、携帯片手に空港内を歩く清原。左腕の注射痕らしき複数の跡が見えた
PHOTO:小川内孝行 朝井 豊
HOT WORD: 清原和博
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