スポーツは人間ドラマだ! 第108回 タイガー・ウッズが御殿場で魅せたチップイン・イーグル
2016.09.19
LINEで送る

[singlemenu][ptitle]
’01年11月18日
EMCワールドカップ
最終日
絶頂期のミラクルショット
image
この年のマスターズで優勝して前年からのメジャー4連勝を果たしたタイガー。当時キャディーを務めていたスティーブ・ウィリアムス(写真右奥)も喜ぶ
 その日は、どんよりと曇っていた。
 雲が深く垂れ込め、鉛のような空気感だった。その重たい空気の中で、誰もが息を呑んでいた。
 2001年11月18日。太平洋クラブ御殿場コース。つめかけた1万5000人が、最終18番ホールをぐるりと囲んでいた。2選手1チームで戦う「EMCワールドカップ」の最終日は、国の威信とプライドを背負う熾烈な争いになっていた。
 アメリカチームは、タイガー・ウッズとデビッド・デュバル。前半を37の1オーバーで折り返した時点で、首位からどんどん遠のいていた。優勝戦線には、南アフリカ、デンマーク、ニュージーランドが拮抗(きっこう)していた。
 アメリカチームも、このままで終わるわけにはいかない。後半残り9ホール。彼らは、11番でバーディを獲り、15番ホールからの3連続バーディで、通算22アンダーまで辿(たど)り着いた。その時点で、首位は24アンダー。デンマークと1組前でイーグルを獲ってホールアウトした南アフリカが並び、さらにニュージーランドが23アンダーの大接戦で、アメリカチームは最終ホールを迎えたのである。
 優勝争いに加わるには、このパー5でイーグルを奪うしかない。交互に打つ試合形式で、まずタイガーがティーショットを放った。ところがデュバルの第2打は、グリーン右サイドにそれた。微かな可能性を消滅させたミスショットだった。
 ギャラリーも僕も、ここでアメリカチームの敗北を予想した。
 タイガーは、腕組みしてグリーンに向かっていった。グリーン右手前の大きな池の縁を歩き、ボール位置に立つとしばらくどうするか考えていた。
 状況は、難度のピークをはるかに越えている。ボール位置からピンまで15ヤードほど。ボールは斜面の最下点から少し左足下がりのライ。そこからグリーンまで急な上りの斜面。さらにカップは、グリーン右エッジから5ヤードの位置に切られていた。2段グリーンの上がり際で、距離感が強すぎると下の段に転がってしまう。
 1度。そして2度。タイガーは素振りした。これだけ多くのギャラリーが、まるで消えたかのように物音ひとつ聞こえない。静寂の中で、タイガーが素振りする、その芝の音だけが妙に響いた。サクッ、サクッ。
 異様な空気に変わった。無理だろう。うまくいっても寄せるのが精一杯。さすがのタイガーでも、この難しい状況でなすすべもないだろう。そんな空気と、もしかしたら何かやってくれるという1パーセントの可能性が攪拌(かくはん)して、真空状態のような息苦しさを覚えた。
 ウッズが構えた。ボールがフェースから離れた。グリーン際の上り口の頂にボールが飛んだ。グリーン面を低空飛行するようにボールが舞った。グリーンに着地したボールの勢いは、一気に衰えて左傾斜のグリーン面を転がっていき、ボールがカップの中に沈んでいった。
 チップイン・イーグル……。タイガーが右こぶしを高々と上げるガッツポーズをした瞬間、私も思わず叫んでしまった。
 なんてこった。
 24アンダーで4ヵ国が並び、プレーオフとなった。残念ながらアメリカチームは敗れ、南アフリカチームが優勝した。けれども、優勝したチームのことよりも、鮮明に記憶に残ったのは、このウッズのチップイン・イーグルのシーンだった。
 プロデビューしたころ、タイガーはよくこの言葉を口にしていた。
「僕の財産は、闘争心です。そして僕の長所は、精神力が強いことです。それを父親から教わりました」
 タイガー・ウッズ25歳の秋だった。ドラマチックなシーンを生み出すからこそ、稀有なスーパースターだったのだと思う。
(ゴルフジャーナリスト・三田村昌鳳)
PHOTO:宮本 卓
LINEで送る