プロレス新時代 オカダ・カズチカ「世界一のドロップキックでプロレスを変えてみせる!」
2016.10.08
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リングにカネの雨を降らす男
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甘いマスクに鍛え抜かれた肉体で人気のオカダ・カズチカ。巨匠・篠山紀信氏が惚れ込みヌード写真を撮るほどだ
 191㎝、107㎏。その巨軀(きょく)を間近で見ると、思わず「うおぉ!」と唸(うな)ってしまうほどの迫力だ。それでいて惚(ほ)れ惚(ぼ)れするようなイケメンなのだから憎らしい。
 新日本プロレスのエース、オカダ・カズチカ(28)。IWGPヘビー級王座を24歳の若さで奪取し、リーグ戦の最高峰『G1 CLIMAX』でも優勝に輝くなど、これまで主要タイトルを総ナメにしてきた。リングにカネの雨を降らせる"レインメーカー"の異名通り、彼の試合には新旧ファンがこぞって詰めかける。そんな飛ぶ鳥を落とす勢いのオカダがプロレスと出会ったのは、中学1年だった。
「実は、兄が買ってきたプロレスゲームにハマったのがキッカケだったんです。意外に現代的でしょう?(笑) 他の格闘ゲームと違って、大逆転が起きるプロレスが面白くて。それからテレビで放送していた試合を観るようになり……気がついたら虜(とりこ)です。運動神経には自信があったし、自然と『プロレスラーになるんだ』と思うようになっていました」
 その言葉通り、故郷・愛知の中学を卒業した’03年、プロレスラー養成所『闘龍門』(神戸市)に入門。そこで彼を待っていたのは、過酷なトレーニングだった。
「僕、『これだ!』って思うと一直線なんです。飛び込んでから現実に直面して後悔する(笑)。闘龍門では朝から晩まで練習漬けでした。僕が一番の劣等生で、ついていくのがやっと。でも高校にも行かずこの道を選んだし、戻る場所はなかった。楽しげに学校生活を送る友だちが羨(うらや)ましい時もありましたが、もう引き返せないと肚(はら)をくくったんです」
 オカダが繰り出す技は、ひとつひとつに華がある。とくに"世界一美しい"と言われるドロップキックでは、ヒトはこんなに飛べるのかというほど高くジャンプし、鋭い蹴りを一閃(いっせん)する。それは、この時期の基礎練習のタマモノなのだ。
『闘龍門』で厳しいトレーニングに明け暮れたオカダは入門から半年後、本場メキシコでデビューするため日本を離れる。
「メキシコは、娯楽といっても散歩くらい。辞書を持って町に出て、マンゴーを買って帰るとか(笑)。プロレスだけに集中できました。そんな日々を送っていた’07年、新日本の獣神サンダー・ライガー選手が視察に来て、『ウチに来ないか』と。日本でプロレスがしたかったし、二つ返事で新日本に入りました。でも、そこからが大変だった。試合で思うように勝てないし、毎日の雑用にも追われて。プロレスが楽しくなかった時期でしたね」
 オレはもっとできるはずだ――。オカダは’10年、アメリカのプロレス団体、TNAへ無期限の武者修行を決める。
「環境を変えてイチからやり直したかったんです。アメリカのプロレスは、テレビの視聴率が絶対。どんなレスラーも数字が取れないとすぐクビになる。それを見て『強いだけじゃダメなんだ』とわかりました。人を惹(ひ)きつけるものがなければ生き残れないと気づいたんです」
 ’12年1月、凱旋帰国したオカダは髪を金色に染め上げ、"レインメーカー"としてファンの前に現れる。そして当時のIWGPヘビー級王者、棚橋弘至(39)に挑戦状を叩きつけ、一気にタイトルまで奪ってしまうのだ。
「普通に『帰国しました。よろしくお願いします』なんてつまらない。生意気でも前に出なきゃ。棚橋さんとの試合も、勝って当たり前でした。あのタイトルマッチ以来、ファンの方々も僕を見る目が変わったんだと思います」
 いまや名実ともにマット界の顔となったオカダは10月10日、両国国技館でライバル団体『プロレスリング・ノア』の丸藤正道(37)とベルトを懸けて激突する。
「生で観たことがない方は、会場に来てもらいたいですね。プロレスは100㎏以下の選手が空中殺法を繰り広げる試合もあれば、打撃でバチバチやり合う試合もある。プロレスブームが再来していると言われていますが、まだまだ。近い将来、東京ドームを超満員にしてみせます。その中心にいるのは、もちろん僕です」
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リングインの際には札束をバラ撒くパフォーマンス(写真)で登場。その瞬間、観客のテンションはMAXに
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「世界的に見れば新日本の知名度は高くない。アメリカだけじゃなく、アジアにもどんどん進出したいです」
PHOTO:小檜山毅彦
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