スポーツは人間ドラマだ! 第111回 マグワイアvs.ソーサ「偽りのホームラン王争い」
2016.10.17
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’98年 米大リーグ・ナショナルリーグ
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’99年も65本の本塁打を放ち、ホームラン王になったマグワイア。’01年に引退。現在はサンディエゴ・パドレスでコーチを務める
 セントルイス・カージナルスのマーク・マグワイア(34=当時、以下同)とシカゴ・カブスのサミー・ソーサ(29)の凄まじいホームラン王争いに、全米のみならず日本のファンも熱狂した――。’98年は大リーグ史上、もっとも盛り上がりをみせたシーズンと言っていいだろう。
 シアトル・マリナーズのケン・グリフィーJr.とマグワイアの一騎打ちという前評判を覆し、伏兵・ソーサが6月に20本のホームランを量産。突如トップ争いに名乗りを上げた。そこから、マグワイアとソーサの歴史的なマッチアップが始まったのだ。
 両者の対照的な経歴も注目された。かたやカリフォルニアの裕福な歯科医の家庭に生まれ、’84年ロス五輪で全米チームの4番を務めてチームを銀メダルに導いた白人。もう一方は、ドミニカで生まれ、グローブを買うカネもないような貧困から抜け出すために苦労を重ねた黒人。
 二人のデッドヒートは苛烈をきわめ、ついにはロジャー・マリスが’61年に打ち立てた61本という大記録の更新も見えてきた。連日、外野スタンドでは両者のホームランボールの奪い合いが繰り広げられた。
 歓喜の瞬間が訪れたのは9月8日だ。4回ウラ、マグワイアがカブスの投手の真ん中低めの速球をすくい上げると、打球は低い弾道でレフトに伸び、フェンスを越えた。ついに62号。ダイヤモンドを一周し、ホームインすると、右翼を守っていたソーサが駆け寄り、抱きあった。両者のスポーツマンシップに全米から賛辞が贈られた。
 最終的には、マグワイアが70本、ソーサが66本でシーズンを終えた。大リーグは’94年のストライキ以降、人気低迷に喘(あえ)いでいたが、このホームラン王争いのおかげでスタジアムに客が戻った。
 しかし、この輝かしい大記録はその後、急速に色褪(いろあ)せていくことになる。
 薬物スキャンダルだ。
 このシーズン中、マグワイアにはアンドロステンジオンという筋肉増強剤の使用疑惑が持ち上がっていたが、当時大リーグでは禁止薬物に指定されていなかったこと(五輪では禁止されていた)、サプリとして薬局などで簡単に購入できたことなどから、世論やマスコミもそこまで批判的ではなかった。状況が一変したのは、’01年にこの薬物が禁止になり、さらにアナボリックステロイドの使用を疑われるようになったころだ。結局、マグワイアは’10年にステロイドの使用を認めた。
 ソーサも、’03年の試合中に折れたバットの中から、使用を禁じられているコルクが見つかった。「打撃練習のエキシビション用のものを誤って使ってしまった」と弁明し、ほかのバットからはコルクは発見されなかったが、やはり疑いの目が向けられた。ソーサは薬物疑惑に関しても、’05年、元上院議員ジョージ・ミッチェル氏のヒアリングを受けた際に「英語に不自由があるので理解できない」と苦しい答弁をしている。
 ’01年にホームラン73本を放ち、記録を塗り替えたサンフランシスコ・ジャイアンツのバリー・ボンズも、その後、薬物使用が明らかになっている。3人とも野球殿堂入りすることはないだろう。
 ホームランはたしかに美しく魅力的だ。しかし、その魔力にとらわれ、ファンを裏切るようなことがあってはならない。
(作家 ロバート・ホワイティング=談)
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カメラに向かって2本の指で胸を叩く仕草も印象的だったソーサ。’98年はタイトルを逃したが、’00年と’02年にホームラン王を獲得。’07年に引退
PHOTO:AFLO
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