清原和博「シャブ密売」の現場写真入手!
2016.10.28
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懲役3年執行猶予5年の
有罪判決を受けた売人が
洗いざらい話した
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都内や群馬で頻繁に会っている時期に、ホテル内で撮影されたツーショット。清原から撮影を持ちかけられたという
「清原さんと初めて会ったのは、’14年の8月でした。場所は六本木のザ・リッツ・カールトン東京。元競馬予想情報会社の社長をしていたDという人物の紹介です。清原さんは子どものころからの憧れの人だったので、目の前に現れたときは緊張しました。ホテルの部屋で、私が持ってきたシャブをパイプに入れ、3人で吸いました。初対面ですし、気まずい雰囲気だったんですが、部屋のテレビで巨人と阪神のOB戦が開催されるというニュースが流れたんです。すると清原さんが『あれ? 俺、呼ばれてねえな』と言いました。自虐的な冗談で、場を和ませてくれたのを覚えています」
 そう話すのは、群馬県内の飲食店で働く小林和之氏(45)。小林氏は清原和博(49)に覚醒剤を譲渡したとして、7月に懲役3年(執行猶予5年)の有罪判決を受けた。清原と小林氏は、’16年2月に逮捕されるまで、都内の高級ホテルなどで頻繁に密会していた。上の写真は、その際に撮影されたもの。このほど小林氏は、事件の顚末を記した『密売』(ミリオン出版)を上梓。清原が逮捕されるまでのウラ側を、小林氏が明かす。
 小林氏は群馬県桐生市出身。高校時代から覚醒剤に手を出していたが、売人はしていなかったという。当初はDを含めた3人で会っていたが、’14年末ごろからは清原と直接連絡を取り合うようになる。
「東京では恵比寿のウェスティンホテル東京や品川のグランドプリンスホテル高輪、群馬ではラブホテルで会うことが多かったです。確かにシャブは私が用意して渡していましたが、儲けはありません。ラブホのときは、私はすぐに帰りますが、清原さんはそのまま泊まっていく。あるとき、ずっとシャブをやっていたのか、清原さんが群馬のラブホに3日間もいたこともありました。’15年8月に『ダウンタウンなうSP』で覚醒剤疑惑を否定した後、9月にも群馬に来ていましたね。このころには使用方法は『炙り』ではなく、『注射』になっていた。清原さんは自分で注射を打つのが苦手だったので、私が清原さんの腕に打ちました。あれだけのホームランを打った腕を汚してしまっているような葛藤はありました」
 警察やメディアにマークされている自覚はあったにもかかわらず、二人は覚醒剤を止めなかった。1月31日、群馬県内のコンビニの駐車場で覚醒剤を受け渡した現場を摑まれ、小林氏は逮捕される。
「清原さんからの電話は、日曜日にかかってくることが多かったんです。離婚後、清原さんは休日にお子さんたちと会っていたみたいなんですが、会えなかったとき、寂しさからシャブが欲しくなってしまっていたようです。私は出会ったころから『清原さんの大ファンなので、本当はクスリを渡したくない』と伝えていました。それでも、私が渡さなければ、清原さんは別のルートからシャブを入手すると思っていた。なので、私が安全なルートから入手しているうちに、徐々にやめてほしいと思っていたんです。清原さんには野球界はもちろん、何かの分野でまた活躍してほしい。私は清原さんの大ファンなので、その思いは消えません」
 わかっていても止められない覚醒剤の恐さを、小林氏の証言は物語っている。
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現在は飲食店で料理長をしている小林氏。『密売』は11月1日から発売
PHOTO:結束武郎(2枚目)
HOT WORD: 清原和博
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