スポーツは人間ドラマだ! 第113回 末續慎吾が「ナンバ走り」で摑んだ日本人初めての銅メダル
2016.10.31
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’03年8月29日 世界陸上パリ大会男子200m決勝
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決勝は末續以外の7人全員が黒人選手だった。末續はレース中に左太腿の肉離れを起こしながらゴールした
 夢にまで見た世界陸上200m決勝レースの舞台。フィニッシュラインを越えても、末續(すえつぐ)慎吾(23=当時、以下同)に安堵の表情はなかった。祈るような目で電光掲示板を見つめる。末續はラスト20mで驚異的な粘りを見せ、黒人選手に交じってゴールになだれ込んでいた。
 1着にアメリカのジョン・カペルの名が告げられ、続いて同じくアメリカのダービス・パットン。
 20秒……30秒……40秒が経過しても3位が表示されない。
「生きた心地がしませんでした」
 末續は着順を待つ心境をそう語っている。1分半ほどの息苦しい時間の後、競技場は大歓声に包まれた。
"3位 末續慎吾 20秒38"
 その瞬間、末續は両の拳を大きく挙げ、パリの夜空に雄叫びをあげた。シドニー五輪銀メダリスト、ダレン・キャンベル(英国)をわずか100分の1秒差でかわしての3位。陸上短距離界の常識をひっくり返す、日本人初の世界大会短距離銅メダルだった。
 末續は高野進コーチ(42)に駆け寄り、抱きついた。日の丸を持って待ち構えていた恩師との抱擁は、瞬く間に男泣きへと変わった。東海大入学時から末續の指導を行っていた高野氏はこう述懐する。
「’03年はもっとも調子が良かったんです。世界陸上前の日本選手権では、大会前から200mで日本記録を出すのはほぼ間違いないと思っていました。本人には『両手のガッツポーズはせず、片手で微笑むぐらいにしろ』と伝えていました。勝負はまだ先にある、いまは力を蓄えておけ、と」
 その言葉通り、末續は同年6月の日本選手権で他の選手を置き去りにし、いまだ破られていない20秒03という日本記録を樹立する。だが二人が見据えた目標はただ一つ、世界陸上の「決勝レース進出」だった。高野氏が続ける。
「それまで日本の短距離界では、膝を高く上げ、大きく手を振る走法が正しいとされていた。私はそこに疑問を持ち、現役時代から考えていた走りを学生たちに教え始めました。末續は『僕が実験台になります』と積極的だった。練習する彼からフィードバックの言葉があり、それを受けて私も新たなイメージを彼に伝える。そうしたやりとりを重ねました。膝を極力上げない走法によって、コーナーでは遠心力に負けずに、直線でもバネを前方に使えたんです」
 こうして末續は、"すり足"で忍者のように走る「ナンバ走り」を習得する。ナンバとは、右手と右足を同時に前に出す日本古来の動きで、末續はこれを練習に取り入れていた。日本記録を出した際には、「ラスト50mでナンバを意識した。タイミングを合わせやすく最後まで走りきれた」と話している。
 末續が掴んだ銅メダルは、桐生祥秀、ケンブリッジ飛鳥、山縣亮太など次世代を背負うアスリートたちに、確実に大きな影響を与えている。
(取材・文/三本真)
PHOTO:AP/アフロ
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