スポーツは人間ドラマだ! 第115回 宙を翔けるカール・ルイス 4大会連続の金メダル!
2016.11.14
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’96年7月29日
アトランタ五輪
男子走り幅跳び決勝
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試合前日の記者会見では「ルイスは死んだとは言わせない」と豪語。金メダルを獲得し、不死鳥ぶりを見せつけた
「アトランタに行ったとき、私はこれが最後の五輪になることはわかっていました。国際舞台に出て17年で、キャリアを閉じようとしていた時期でした」(ルイス=以下同)
 ’96年、アトランタ五輪の男子走り幅跳びで金メダルを獲得し、みごと4連覇を果たしたカール・ルイス(35=当時)はこう振り返る。
 ルイスは’84年のロス五輪で、100m、200m、400mリレー、走り幅跳びの4種目を制覇し、一躍、脚光を浴びた。従来の陸上選手では考えられなかったスポンサー契約やCM出演依頼が殺到。続くソウル五輪、バルセロナ五輪でも金メダルを2個ずつ獲得している。
 だが、「ミスター五輪」のルイスといえども、年齢からくる衰えには逆らえなかった。アトランタ五輪のアメリカ代表選考会では、走り幅跳び以外の3種目で落選。誰もが過去の選手だと思っていた。
「『カール・ルイスの時代は終わった』と見られていました。選考会では、走り幅跳びも3位でした。でも、『本番では走り幅跳びだけに集中しよう。そうしたら、もっとうまく跳べるかもしれない』と気づいたんです」
 ’91年の世界陸上では100mで当時の世界記録となる9秒86を叩き出したルイスだが、自身は「ランナーではなくジャンパーだ」と語る。事実、’84年のロス五輪以来、すべての五輪の走り幅跳びで金メダルを取っていた。
「メダルを取ろうと思うのではなく、自分のパフォーマンスに集中していたんです。すると自然とメダルがついてきた」
 ’96年、7月29日夜7時過ぎ、アトランタ五輪・走り幅跳び決勝が行われた。1回目に踏み切れずに砂場を走り抜ける不安なスタートを切ったが、2回目には8m14を跳んで調子を摑(つか)む。3回目、観客から手拍子が起こり、それに後押しされるように助走を開始するとスピードに乗って踏み切った。記録は8m50。2位に21㎝の差をつけて1位に躍り出る。
 金メダルが決まると、ルイスは両手を上げ駆け出し、8万5000人の観客は総立ちとなった。「U・S・A」の大コールとともに、「サンキュー・カール・ルイス」の横断幕が揺れた。オリンピック個人種目4連覇の偉業だった。
「五輪では9個の金メダルを取ったが、アトランタで取った最後の金メダルが、間違いなく最高の金メダルです。現在はヒューストン大学でコーチをしています。ほかには国連でも活動をしていて、この週末はアブダビで、政府やNGOの前で子どもの肥満についてスピーチをしました。いまも忙しい毎日を送っています」
(取材/大野和基)
PHOTO:Gamma/アフロ
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