麻央の完治を祈って「海老蔵の願掛け」
2016.12.22
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姉・麻耶は一晩中背中をさすり…
その妹がブログに綴った
今年の漢字は「苦」
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’16年11月下旬の朝、福岡の街を歩く海老蔵。散歩のときは、いつもダウンにスウェットパンツというスタイル
 朝8時、福岡のホテル『ヒルトン福岡シーホーク』から出てくる男の姿があった。市川海老蔵(39)である。白いダウンのフードをかぶり、サングラスをかけているため、通行人は誰も気づかない。海老蔵は30分ほど、近隣の公園をひとりで黙々と歩き続けていた。
「公演中、海老蔵さんは毎朝同じ時間に散歩するのが日課なのです。食べるものも同じ。約1ヵ月間、公演中は毎日同じものを食べるようにしているんです。体調を一定に保つという意味もありますが、公演の成功を祈る願掛けでもあるのです」(梨園関係者)
 冒頭の姿は、11月下旬に博多座十一月花形歌舞伎で福岡に滞在していた時の海老蔵の様子だ。この日の願掛けは、海老蔵にとって公演の成功のみを祈ったものではなかった。2016年は海老蔵にとって、妻・小林麻央(34)との闘病の一年だった。6月に麻央が進行性の乳がんであることを公表。10月には、病状がいわゆる末期がんと呼ばれる「ステージ4」であることが発覚した。時を同じくして受けた手術は根治ではなく、「QOL(生活の質)」を保つことが目的だった。海老蔵は医学的な治療以外にも、麻央の完治のために手を尽くしてきた。
「海老蔵さんは麻央さんの完治を願い、成田山新勝寺の分院で祈禱をあげてもらっていたそうです。成田山は『成田屋』という屋号のもとになった、市川宗家とは縁の深いお寺。大好きだったお酒もよほどのことがない限り、断っているそうです。博多での歌舞伎の公演中、共演者らに連れられて中洲の高級クラブに行ったそうですが、その時もほとんどお酒には手をつけず、早々にホテルに帰ったそうです」(同前)
 海老蔵が麻央の回復を祈って、都内のパワーストーン店で石を購入したという報道もあった。海老蔵は数十万〜数百万円もする高価なパワーストーンを気前よく買っていったという。
 家族も懸命に二人の闘病生活を支えてきた。姉の小林麻耶(37)は看病疲れで生放送中に倒れたこともあった。毎日のように更新していたブログを書けないほど麻央の病状が悪かった時には、麻耶は妹の背中を一晩中さすっていたという。
「’14年に人間ドックで乳がんが疑われた後、麻央さんは港区にある大規模病院で診察を受けている。この時担当したAという医師が、がんを乳瘤という母乳の塊と勘違いして『また半年後に来てください』とだけ伝えてしまったようです。この時点で手術していれば、その後の治療方法が大きく変わっていた可能性は十分にある。誤診だった公算が高いのです。その後、A医師は『乳がんが大きすぎて見逃した』と、おかしな言い訳をしているそうです」(乳腺の専門医)
 ’16年12月17日、麻央は「今年の一文字」というタイトルでブログを更新。自分にとって’16年の漢字は「苦」だとして、「そんな年があってもいいか」と綴っていた。苦境に陥っても明るく振る舞う彼女の姿に多くの人が心を打たれた。
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’16年7月下旬、知人のマンションを訪れた際の麻央と麻耶。麻耶は白い歯を見せながら、妹に笑いかけていた
PHOTO:田中俊勝(海老蔵) 西 圭介(麻央と麻耶)
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