スポーツは人間ドラマだ! 第121回 「山の神」柏原竜二「右ヒザ負傷」からの復活激走!
2016.12.26
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’11年1月2日
第87回 箱根駅伝
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柏原は箱根で4年連続の区間賞に加え、3度の区間記録更新という離れ業をやってのけた
 5区小田原中継所、東洋大・柏原竜二(21=当時)がアップのために姿を現すと、それだけで沿道を埋めつくしたファンからどよめきが起こった。
 ある種、異様な盛り上がり――。3年生にして、柏原はすでに一流アスリート並みの注目を集めていた。
 だが実はスタート直前、柏原は酒井俊幸監督からの電話に、
「潰れるか行けるかのどちらかなので、覚悟していてください」
 と言い残し、3度目の山に向かっていた。
 このシーズン、柏原はいつもの彼ではなかった。前年の春先に痛めた右ヒザのケガの影響で調子が上がらず、夏合宿では集団の最後尾を走る姿も見られた。箱根の前哨戦にあたる10月の出雲駅伝は欠場。翌月の全日本大学駅伝は区間4位。12月に入って徐々に動きが良くなってきてはいたが、内心は不安で一杯だったのだ。
 迎えた箱根駅伝、先行したのは早稲田大だった。1区大迫傑(おおさこすぐる)の果敢なレース運びでリードを奪うと、5区の猪俣英希にタスキが渡るころには3位東洋大との差は2分54秒にまで広がっていた。
 前を追うしかない柏原は、監督に告げた通り、序盤からハイペースで突っ込んだ。苦しげな表情とは裏腹に走りは力強い。あっというまに先を走る東海大の早川翼をとらえると、峠道の途中で猪俣に並んでみせた。すでに標高700m以上を駆け上がっていたが、脚力は衰えない。
「あの山道でピョーン、ピョーンと弾むように走る。正直、化け物だと思いました」
 並ばれた時の心境を、後に猪俣はそう語っている。弾むような足取りで"天下の険"を駆け上がる学生ランナーの姿に誰もが度胆を抜かれ、そして驚嘆した。なぜ柏原はこんなにも強いのか?
 その答えは、メンタルの中に見いだせる。たとえじゃんけんでも、負けると本気で悔しがる負けん気の強さ。彼のレースを何度も目にしてきたが、前半自重してペースを抑えるといったシーンは見たことがない。
 普段はアニメ好きのシャイな大学生が、走りになると表情が一変する。これまでの箱根駅伝でも、ルーキーイヤーでいきなり5区の区間記録を47秒も更新すると、2年時にも当然のように区間賞を獲得。いずれも首位と4分以上の大差をひっくり返しての激走だった。精根尽き果てるまで攻めきる。苦しさの中にあっても限界のギアをまた一段上げられる。3年時の走りも、まさにそうだった。
 他の追随を許さず、自身3度目の往路優勝のゴールテープを切ると、柏原は失神したかのようにその場に倒れ込んだ。
 直後の優勝インタビュー、柏原は、
「本当にチームメイトがいて良かったなと思いました」
 と涙を流した。タスキをつなぐことで生まれる仲間への感謝。この年、柏原は大学4年間で唯一総合優勝を逃した(早稲田が復路で逆転)が、駅伝の魅力がつまった美しい涙だった。不調ながらも箱根の山道を全力で駆け抜けた柏原の激走が、この大会のハイライトであったことは間違いない。
(文/小堀隆司)
PHOTO:日刊スポーツ/アフロ
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