スポーツは人間ドラマだ! 第123回 武豊「10度目の正直」で摑んだ悲願のダービー初制覇
2017.01.16
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’98年6月7日
第65回
日本ダービー
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この時、武豊29歳。滅多に感情を表に出さない天才が、何度も拳を突き上げ、初制覇の喜びを爆発させた
「いつかダービーを勝ちたい――」
 名騎手だった父の背中を見て育ち、物心ついた時にはそう思うようになっていた。しかし、夢は遠かった。
 ’89年に20歳でリーディング(シーズン最多勝利騎手)となり、’95年には史上最年少の26歳で通算1000勝を達成するなど、数々の金字塔を打ち立ててきた天才・武豊にとって、ひとつだけ手の届かなかった栄冠が「競馬の祭典」日本ダービーだった。
 ダービーには’88年に初参戦し、’92年を除いて毎年参戦していたが、16、10、5、19、3、4、8、2、5着と勝てずにいた。いつしか、「武豊はダービーだけは勝てない」などと言われるようになっていた。
 そんな彼が、自身の運命を変える馬、スペシャルウィークと出会ったのは、’97年11月29日の旧3歳新馬戦に向けた追い切りでのことだった。素晴らしい乗り味で、走りのバランスもいい。指示に対する反応も鋭く、ゲートからの1マイル(1.6㎞)で104秒ほどの速いタイムを叩き出したのに、すぐに息が戻り、涼しい顔をしている。
「この馬なら来年のダービーを勝てる」
 そう確信した武は、阪神芝1600mの新馬戦でも、その後の1800mや2000mのレースでも、東京芝2400mのダービー優勝馬に近いラップでスペシャルウィークを走らせた。ダービー仕様の走りをマスターさせる、武流の英才教育である。
 ’98年6月7日、第65回日本ダービー。スペシャルウィークは、単勝2.0倍の1番人気に支持された。前走の皐月賞では3着に敗れていたが、武は「ミスとアクシデントさえなければ勝てる」と思っていた。同じように、多くのファンが、巻き返しを信じていたのである。
 スペシャルウィークは出遅れ気味のスタートを切った。中団の10番手で向正面に入り、先頭とは6〜7馬身の差があったが、武は自身に「慌てなくても大丈夫だ」と言い聞かせていた。一瞬でも前が開けば抜け出せる瞬発力を磨いてきたのだから、慌てなくていい、と。
 最後の直線、前方を塞いでいた馬群の壁に、馬一頭ぶんの隙間ができた。次の瞬間、武はそこにスペシャルウィークを導き、突き抜けた。独走劇が始まった。見る見る後続との差をひろげ、2着に5馬身もの差をつけてゴールを駆け抜けた。
 武は10度目の挑戦で、ついにダービーを勝った。子どものころからの夢が叶った。
 実はこの時、小さなアクシデントがあった。ゴール前で鞭をくるりと回して持ち替え、顔の横で軽く振ってフィニッシュするつもりだったのだが、鞭を回した時に落としてしまったのだ。
「自分では冷静なつもりだったのですが、勝つとわかっていたので、手の感覚が普通じゃなくなっていたんだと思います」
「自然体の天才」の手元を狂わせるほど、ダービー制覇の興奮は大きかったのだろう。
 勝ち馬が入る枠場の前に戻ると、他馬の関係者やマスコミ関係者も拍手で迎えてくれた。ほかのレースでは見られない、ダービーならではの光景である。
「初めてのダービーの味は格別でした。こんなにいいものなら何度でも味わいたい」
 その言葉どおり、その後、史上最多のダービー5勝を挙げた。武豊は「ダービーの味」を、いまなお追いつづけている。
(ノンフィクション作家・島田明宏)
PHOTO:時事通信社
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