妻子と別居!ASKAが明かした「福岡潜伏生活」
2017.01.20
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母の葬儀でわかった
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「ファンの方に一言」と問いかけると「もう、みんなわかり合っていますから」と語り、家に入っていった
 記録的な大寒波に見舞われた、1月14日の福岡・大野城(おおのじょう)市。朝7時ごろ、前日に母・エイコさんの葬儀を終えたばかりのASKA(58)が、日課であるウォーキングのため、実家から姿を現した。
――いまの心境を聞かせてください。
「すっきりしてますよ。やれることはみんなやれたと思っていますので」
――ASKAさんにとって、母親はどんな存在だったのでしょうか。
「とても強く、温かい、優しい母でした」
 時折空を見上げて言葉を区切りながら、本誌記者の問いかけに答えたASKA。30分ほどのウォーキングから戻ると、手には温かい缶コーヒーが入ったビニール袋が。「これよかったら」と差し出すと、足早に家の中へ入っていった――。
 覚せい剤取締法違反の疑いで昨年11月28日に警視庁に再逮捕されたものの、嫌疑不十分で釈放されたASKAの"福岡潜伏生活"が続いている。
「ASKAさんの母親は昨年11月ごろから体調が悪く、取り調べを受けていた12月中は危篤状態にあった。それを知っていたASKAさんは、『母の死に目に会えないのは辛すぎる。早く出してくれ』と取調官に懇願していたそうです。釈放されるとすぐに福岡へ飛び、以来、ずっと実家で生活している。妻と二人の子どもは連れてきてはおらず、葬儀にも呼ばなかったようです」(ASKAの知人)
 元自衛官で剣道有段者である父親が厳格だった一方、高校生のころから音楽活動にのめり込み始めたASKAを優しく励ましてくれたのが、母・エイコさんだった。それだけに母への愛情は深く、13日に行われた葬儀では、こんな場面も見られたという。
「喪主はお父様でしたが、ご出棺の時にはASKAさんも挨拶をしました。約150人の参列者を前に、『こんなに多くの方々に来ていただいてすごく感動しました』と、涙ぐんでいた」(葬儀場関係者)
 参列者が去り、親族や親しい友人だけになると、ASKAは、母への手向けとして、昨年末に『YouTube』で公開した最新曲『FUKUOKA』を披露。曲の中で福岡を「僕のニューシネマパラダイス」とたとえるほど郷土愛は強く、母が亡くなった後も、もはや地元を離れる気はないようだ。
「ASKAさんは昨年夏ごろに、千葉市内にある薬物依存から脱け出すための隔離病棟に入っていたんですが、ストレスで頭頂部の髪の毛が抜け落ちてしまった。『ザビエルみたいでしょ』と自虐的に言っていたが、かなり落ち込んでいました。それが年末年始を福岡で過ごすことで、かなり生えてきたんです。何度か帰京はしているようですが、今後も活動拠点は福岡に置くようです」(前出・知人)
 ASKAは近日中に、告白本『700番』の出版を予定しているが、その準備も地元で行っているという。
「1月14日にはウォーキングの後すぐに熊本へ飛び、本の写真撮影を行いました。『700番』は、ASKAさんが留置場にいた時の留置番号。再逮捕から釈放になるまでの経緯をすべて綴(つづ)った本になる予定です」(告白本関係者)
 愛する故郷で英気を養うASKAだが、復活への道はいまだ険しい……。
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傘を持った運転手に守られながら、熊本での写真撮影のため、タクシーで駅へと向かった
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母親のためにASKAが設けたとされる伝い歩き用の手すり。母子で寄り添い歩く姿も度々見られていた
PHOTO:豊嶋孝仁
HOT WORD: ASKA
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