スポーツは人間ドラマだ! 第124回 優勝候補が転倒して8位に 谷口浩美が明かす名言「コケちゃいました」誕生秘話
2017.01.23
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’92年8月9日
バルセロナ五輪
男子マラソン
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レース後、報道陣に囲まれ笑顔。この時点で、母親が転倒シーンを中継で見て泣き崩れていたとはつゆ知らず
 五輪前年の’91年世界陸上で優勝、金メダル候補としてバルセロナ五輪マラソンに臨んだ谷口浩美(当時32)は、思わぬアクシデントとその後の「名言」でマラソン史に名を刻むことになった。そのレースの際の秘話を、谷口自身が明かす。
「五輪のスタートラインに立った時は、体が軽く感じました。暑い暑いと言われていた気候も、湿度のある日本に比べればなんてことはありませんでした。
 実は、レース前の5月に疲労骨折して全治半年の診断がくだり、レース10日前には持病の痔が悪化して高熱が出てしまった。医師からは『レース中、足の痛みが出たらそれまで』と忠告されるコンディションだったのですが、本番のレースにはギリギリ間に合った」
 暑さの影響もあり、レースは谷口に有利な遅めのペースで始まった。
 後半のペース配分を考え、22.5km地点の給水ポイントで水を取ろうとしたその時――谷口は強引に斜行してきたモロッコのコカイチに左足の踵を踏まれてよろけ、さらに接触を避けようとしたコンゴのイカンガーに突き飛ばされ、もんどりうって倒れた。
「すっ飛びながら、スローモーションのように『あぁ靴があそこに落ちたな』と確認し、受け身をとるように倒れました。転んでも、レースをやめようとは思いませんでしたね。給水所のテーブルの下に転がったシューズを拾ってすぐにスッと足を入れられたのはラッキーでした。マラソンランナーは走っているうちに足がどんどん痩せていくんです。レース後半で足が痩せていましたし、素足で水をかぶったおかげで滑りやすかった。
 即座に再スタートしたとはいえ、先頭集団との差は30秒ほど。先を行く選手が折り返し地点で戻ってくるのを確認し、一人ずつ摑まえていきました」
 結局谷口は表彰台は逃したものの8位入賞。ゴール後、満面の笑みで受けたインタビューの第一声が、「コケちゃいました」だった。
「自分の転倒シーンがテレビに映っているとは夢にも思っていなかった。五輪中継は国際映像で、日本人選手を中心に追うわけではないですからね。8位になった理由を説明するつもりで"コケちゃいました"という言葉が出てきたんです。
 レースの準備もやれることはすべてやったし、そもそも出場できるかどうかも微妙な状態だったので、結果を悔しいとは思いませんでした」
 しかし、この「コケちゃいました」発言で谷口は一躍時の人となった。
「帰国時の空港で、メダル獲得選手とそれ以外の選手は出口が違っていました。それなのに私が出てきたところにやたら報道陣がいるから、『メダリストは向こうです、向こうに行ってください』と伝えたら、新聞記者の一人が『谷口さん、こうなっていますよ』って1面に僕が出ている新聞を見せてくれたんです。一番驚いたのは僕ですよ!」
 あれから25年。いまだにサインを求められるとき「名前の横に"コケちゃいました"と書き添えてください」と言われることが多いという。(文中敬称略)
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先頭集団の後方で、給水所に転がった靴を拾う谷口。前を走る中山竹通(32、ゼッケン1088番)はレース中谷口を気遣うように何度も後方を振り返っていた
PHOTO:(c)JMPA(2枚目)
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