【加計学園問題】前川喜平氏があらためて指摘する「総理の意向」

’17年の国会・閉会中審査で、加計学園の獣医学部新設に「総理の意向があった」と記された文書の存在を証言し、注目を浴びた前文部科学事務次官の前川喜平氏(62)。現在は講演活動や教育関係のボランティアに注力しているという前川氏だが、未だハッキリとした答えの出ない同問題にいま、何を思うのか。本人に話を聞いた。


【加計学園問題】前川喜平氏があらためて問う「総理の意向」


●「非常に保守的」な文科省の体質


――前川さんはなぜ文部省に入ったのですか?


 大学(東京大学)では法学部でしたが、法律学が嫌いでした。とくに民法、刑法、商法といった実定法というヤツは本当につまらなくて、「法学部なんて来なきゃ良かったな」と思って、ずっとブラブラしていたんです。実際、大学には6年間いました。司法試験や国家公務員試験を受けるためにあえて留年する人もいますが、私の場合、本当に単位が足りなかった。本郷三丁目の駅を降りて赤門に着く前に喫茶店に入っちゃって、そのまま夕方まで本を読む。そうすると同級生たちが来て、飲みに行って帰る。いわゆる高等遊民的な生活をしていました。

 一方で、学生時代は仏教青年会というものに入って、この勉強は好きでやっていました。座禅修行のまねごとをしてみたり、お寺巡りをして仏像を見て歩いたり、そんなことをやっていましたね。

 そんなことで、ギリギリで卒業した状況だったのですが、国家公務員上級甲種試験に運良く受かった。役人になったら人に関わる仕事をしたいと思っていたので、人間の精神、魂を扱うという分野ということで「自分の性に合っている」と感じて文科省を選びました。

とはいっても、学部では教育判例も勉強していましたから、文部省が非常に保守的であることは理解していました。自分の考えと組織の論理がかみ合わないところはあるはずだ、と覚悟していましたが、想像以上でした。


――文科省には優秀な人が青雲の志を持って入っているんじゃないんですか?


 みんなが青雲の志を持っている訳じゃないですよ。役人には3つのパターンがあります。

1つは「世のため人のために尽くしたい」人。これが本来あるべき姿ですがね。生涯賃金で言えば、商社や銀行に行けば役人になる倍くらいもらえるわけですが、それでも国家公務員になる、と言って入ってくるわけですから。しかも、今はもう天下りはないですから(笑)。

 2つは「安定志向」の人。絶対に潰れないし、身分保障もある、という考えの人です。こういう人はかなりの数いましたが、大体仕事ができない。事務次官時代の仕事は人事が中心だったのですが「使えない人間をどこで使うか?」は非常に難しい問題でした。高学歴が多いので、プライドだけはあって、威張ってばかりで何もしない。するのはパワハラだけ。でも、悪いことをした訳じゃないから免職にもできない。

 3つめは「権力に近づきたい」人。国会議員に転身したり、政府の中枢に近づき権力を振るったりすることを考えている。官邸にたむろしているような官僚です。加計問題に関わったのは、まさにこのタイプでしょうね。


●加計学園問題はまだ終わっていないが、自分にできることはもうない


――加計問題では前川さんの発言が注目されましたが、この問題に関してはどうお考えですか。


 私の知らない事実がずいぶんと明るみに出たと思います。一番の成果で言うと「’15年から加計ありきでスタートしていた」ことが明らかにされたことですね。


――前川さんはそのことは知らなかったのですか。


 私が関わったのは事務次官になってからなので、去年(’16年)の8~9月からのことだけしか分かりません。しかもそれまで担当は初等中等教育でしたから、この問題については全然知りませんでした。


――キーとなるのは「’15年4月2日の官邸訪問」なのでしょうか。


 この日(’15年4月2日)に加計学園、今治市、愛媛県の関係者が揃って官邸に行っている。そこで誰に会い、何の話をしたかが「ブラックボックス」な訳です。それでも、その前とその後に起きたことを考えると、だいたい想像がつく。

 8年にわたって愛媛県が獣医学部新設を「構造改革特区」で15回提案して、15回はねられている。そんななか、この官邸訪問の2ヵ月後、6月5日にワーキンググループが開かれて、今治市が「国家戦略特区」での獣医学部新設をはじめて提案した。それまで15回却下されているのに、この提案で「これは良いじゃないか」という話になった。しかも、そこに説明補助者として加計学園の人間がいた、ということも最近になって分かった。

 分かりやすく説明すると、構造改革特区というのは「地域限定の実験をする」という考え方。まずその地域で実験をして、そこで上手くいくようだったら他の地域のためにもその制度を広めましょう、というものです。でも、大学の学部を作れば、全国から学生が来ますよね。しかも、学生は卒業後に全国に散るから「地域限定」の実験にはならない。なので、文科省は「(獣医学部新設は)構造改革特区では論理的にできない」と断っていた。

でも「国家戦略特区」となると話が変わる。「地域限定」の実験ではなく、「国家」の戦略となるからです。この特区は国際競争力を付けるとか国際的な拠点を形成する、というように元々全国的に利益が及ぶような事業を行う特区なので、文科省が獣医学部の新設に際し、構造改革特区でこれまで「ダメだ」と言っていた理屈は通らなくなる。さらに言えば、「そういう説明さえすれば、構造改革特区ではできなかった事を国家戦略特区でできる」という知恵を出した人間が必ずいる。和泉洋人さんではないかと思います。4月2日の官邸で応対した人物は、報道では柳瀬唯夫総理秘書官だとされていますが、「構造改革特区は諦めましょう。これからは国家戦略特区ですよ。国家戦略特区の提案を出してください。そうすれば’30年4月に間に合うようにできます」と言うような相談をしたのではないか。

 明らかに4月2日の官邸訪問は非常に重要な意味を持っていたのでしょう。構造改革特区での挑戦を断念して、国家戦略特区で再挑戦するという方針を決めた重要な会議だと思います。構造改革特区のまま16回目の提案で通れば、その理由の説明は非常に難しい。でも、国家戦略特区は構造改革特区とは趣旨が違うので、理屈が作りやすい。実際、その2ヵ月後に「国際水準の獣医学教育特区」という提案を今治市が出していますが、これは言葉の上では国家戦略特区にドンピシャリです。さらに、これを出したのはあくまでも今治市で、加計学園じゃない。「加計ありき」なのは明らかですが、国家戦略特区に路線変更したところから、加計学園の名前を伏せている訳です。おそらく、今治市が作った提案書は加計学園側が作ったに違いないし、その際も彼らの知恵では作れないから、内閣府が指導している。つまり、提案を受け取る側の内閣府が「こういう風に書けば100点ですよ」とはじめから指導して添削した。そういう相談を4月2日にしていたんでしょう。

 この日に加計学園や今治市の人たちと会ったのが、柳瀬唯夫さんという「事務」の秘書官だったことがポイントです。総理秘書官には政務の秘書官と事務の秘書官がいるのですが、事務の秘書官というのは総理の影のような存在であって、総理の意向に添ってしか仕事をしない。その事務の秘書官が官邸で外部のお客さんと面談したということは、彼自身の自発的な行動ではない。総理の代理として応対していることは間違いない。さらに言えば、総理大臣の代理で人に会うのなら、総理から事前に指示があったか、少なくとも事前の了解をもらっているはずだし、事後には報告をしているはずです。柳瀬氏は7月の閉会中審査に参考人として招致されて「記憶にございません」と7回も発言していますが、記憶にない訳がない。絶対に憶えている。

 私は4月2日に官邸で応対したのが事務の秘書官だということを聞いて「これははじめから総理の意思があるんだ」と確信しました。だから「今治市の国家戦略特区の事業者に決定した1月20日に初めて知った」という総理の答弁はウソで、少なくとも2年前の4月2日には知っていたはずだし、国家戦略特区でやるっていう方針も知っていたはずだし、そのときから’30年4月に開学するという方針も決まっていたのでしょう。


――加計学園問題はまだうやむやになっている部分も多いですが、ご自身の今後については?


 この問題については、私の役割はほぼ終わっていると思っています。私が文科省で直接見聞きしたことは、すべてこれまでにお話ししています。国会で参考人や証人などで呼ばれても繰り返しにしかならないですし、私自身が貢献できることはもうないでしょうね。ただ、今後もキチンと国会の場で追及されるべき問題だと思います。

私自身としては、いろいろな形で教育の世界に関わっていこうと思っています。文科省時代に私がやってきたことは教育行政なので、私の本来の知識や経験を発揮できるのは教育の「仕組み作り」。そういう部分で提言をするとかできればやっていきたいな、と。

 間違いなく言えるのは、選挙に出ることは一切ないということ。政治家とはもう二度と付き合いたくないです。政治がキチンと動かなければ民主主義は死んでしまうと分かってはいるのですが、たちの悪い政治家をたくさん見てきたし、あんな人たちと同じ空気を吸う場所にいたくないです。やっと逃れられたのに(笑)。


関連記事はこちら

前川喜平「夜間中学の先生になった加計スキャンダル告発者」

新規で会員登録をご希望の方
既に会員登録がお済みの方
あなたにオススメ

FRIDAY ダイナマイト

12月29日発売
friday ダイナマイト