日本シリーズMVP・甲斐拓也 「肩が弱くても走者は刺せる」

ソフトバンクを日本一に導いた甲斐キャノン

初めてキャッチャーの極意を明かした


日本シリーズMVP・甲斐拓也が語る「肩が弱くても走者は刺せる」

甲斐卓也(かい・たくや)

’92年、大分県生まれ。小学1年から野球を始める。楊志館高から’11年に育成ドラフト6位でソフトバンクへ入団。’13年から支配下登録。’17年には育成選手出身として、史上初のゴールデングラブ賞とベストナインを受賞



「東京ドームで行われた日米野球の試合前には、憧れのモリーナ(カージナルス)から『君の送球を見てファンになった』と声をかけてもらいました。ボクが『世界一の捕手』と尊敬する選手です。嬉しくて『会えて幸せです。あなたをずっと見ていました』と、好きな女性に告白するようなことを言ってしまいました」


 こう笑顔で話すのは、広島との日本シリーズで6連続盗塁阻止を記録しMVPに選ばれたソフトバンクの甲斐拓也(26)だ。リーグ最多95盗塁の"赤ヘルの足"を封じた、ホークス正捕手のニックネームは「甲斐キャノン」。だがメジャーNo.1捕手にも認められたMVP男の口から出たのは、反省の言葉だった。


「第2戦で(広島の4番)鈴木誠也に2本もタイムリーを打たれ、勢いづかせてしまいました。どういう配球で抑えるべきか、頭の中で固まっていなかった。あの試合を落としたのはボクの責任です」


 自身を「ネガティブすぎる」と分析する甲斐の性格は、師匠と慕う野村克也氏の影響でもある。ホークスの大先輩捕手・野村氏の著作は、座右の書としてすべて読んでいるという。


「野村さんの本には、捕手の極意が書かれています。感銘を受けたのが『失敗には必ず原因がある』という言葉です。捕手は守備の要。負ければ全責任があります。だから試合後は、すべての配球をチェックし直し、なぜ打たれたのか徹底的に考える。気づいた点はノートに書き残し、繰り返し反省しています。ネガティブでないとキャッチャーはできません。勝てるのは投手のおかげ。『功は人に譲れ』というのも野村さんの言葉です」


「必ず母をラクにしてやる」



 野村氏と甲斐には共通点が多い。ともにプロ野球選手としては小柄(甲斐は身長170cm)で、母子家庭育ち。支配下登録外の育成選手から這い上がり、正捕手の座を摑みとったのも同じだ。


「入団4年目ぐらいまでは、本当にしんどかったですね。高校時代(大分県の楊志館高)は守備に自信があったんですが、プロに入り他の選手との力の差に愕然とした。コーチからは『(育成選手の)背番号3ケタはプロじゃないぞ。悔しかったら2ケタを勝ちとれ』と厳しく言われ、心が折れそうになり毎晩のように母に電話しグチを聞いてもらいました。


 あれは5年目のオープン戦だったと思います。広島との試合で、ボクがパスボールしサヨナラ負けを喫したんです。その前年は二軍で58試合に出場し、パスボールはリーグワースト2位の4つ。母には『もうクビになるかもしれん』と話しました。母は『ツラかったら帰っておいで。いつでも母ちゃんは味方やから』と言ってくれて……。母は昼にタクシー運転手、夜はパチンコ店の清掃をしながら、女手一つで兄とボクの2人を育ててくれた。そんな母を心配させていることが、恥ずかしくなりました。それからは『プロで活躍し必ず母をラクにしてやろう』という思いで、野球に取り組んでいます」


 甲斐は休日返上で練習を続け、誰もいなくなってもグラウンドで居残り。帰宅してもテレビをつけず、タブレットで対戦した打者や他チームの捕手を研究するようになった。目に止まったのが、西武の捕手・炭谷銀仁朗のスローイングだ。


「投手からの球を捕ってから二塁に投げるまで、異常に速いんです。その秘密はなんなのか疑問に思い、面識もなかった炭谷さんに『ミットを譲ってください』とお願いしたことがあります。炭谷さんは快諾してくれました。捕手のミットの多くはフォークボールなどの変化球をしっかり抑えるためポケット(グラブの内側)が深いんですが、炭谷さんのモノは捕ったボールを素早く右手に持ち替えることができるように浅かった。少しでも送球を速くしようと、さっそくボクも『炭谷モデル』のミットに替えました」


 送球動作にも工夫を凝らした。


「『甲斐キャノン』と呼ばれていますが、肩は決して強くありません。遠投115mとプロとしては平均レベル。ボクは、肩が弱くても走者を刺せると思っています。大切なのは動作の速さと送球の正確さ。普通、捕手は投手からの球を受けると一旦動作が止まり、そこからスローイングに入ります。炭谷さんなど盗塁阻止率の高い捕手は、球を受けてからも動きに区切りがない。ボクは走者が走ると投手の球を受ける前に左足を前に出し、捕球と同時に投げられるような体勢をとっています。より速く送球するために、動作の流れを重視しているんです。二塁へ正確に送球するには、手首のスナップが大事。毎晩風呂の中では右手を50回2セット、100回ほど上下に屈伸させています」


 投手からの球を受けてから、捕手の送球が二塁カバーの野手のグラブに収まるまでの時間はプロ平均で2秒ほど。1.8秒台ならトップレベルと言われるが、甲斐は1.7秒台。今季の盗塁阻止率は、12球団トップの4割4分7厘を記録した。


 球界No.1捕手となった甲斐が、守備につくたびに行っている習慣がある。ホームベース付近の土をならし、一筆ずつ丁寧に指で「心」という文字を書くのだ。


「二つ意味があります。一つは、成功した今の状況を当たり前だと思いたくない『心』。背番号が3ケタの130で、母親を心配させてしまったツラい育成選手時代を忘れたくないんです。二つ目が野村さんの本から学んだ、謙虚な『心』。工藤公康監督からは、よくこう言われています。『キャッチャーで大事なのは気持ちだ。自分は前に出ず、投手を勝たせてやろうという心を忘れてはいけない』と」


 育成選手出身で史上初のMVPを獲得した「甲斐キャノン」。「心」という字を胸に刻み、さらなる高みを目指す。


日本シリーズMVP・甲斐拓也が語る「肩が弱くても走者は刺せる」

マメだらけの左手。「連日素振りを繰り返す春先はマメが潰れて血まみれ状態です」と語る

日本シリーズMVP・甲斐拓也が語る「肩が弱くても走者は刺せる」

今季はオープン戦から日本シリーズ、日米野球と出場した試合は200近く。「腰もヒザも股関節も痛いところだらけ。シーズンが終わっても回復していません」

日本シリーズMVP・甲斐拓也が語る「肩が弱くても走者は刺せる」

今年2月、テレビ局の企画で師匠と仰ぎ著書をすべて読んだ野村氏と初対談

日本シリーズMVP・甲斐拓也が語る「肩が弱くても走者は刺せる」

1 捕球する前から左足を動かしスムーズに送球できるような体勢に入る。

2・3 捕球と同時にポケットの浅いミットから右手に素早くボールを持ち替え。

4 手首のスナップをきかせて二塁ベースへ向けて正確に投げ込む


日本シリーズMVP・甲斐拓也が語る「肩が弱くても走者は刺せる」

本誌未掲載カット

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本誌未掲載カット
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撮影:繁昌良司


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