角幡唯介 オレの探検メシ

祝!「第1回ヤフー・ノンフィクション本屋大賞」受賞

連載 第1回


出国前「最後の晩餐」は秋刀魚の塩焼き

角幡唯介 オレの探検メシ


 探検というのは基本的に未知の領域に身を置き、そこで知覚、認識したものごとを書き記す等して世の中に提示する行動であるわけだから、探検家を名乗っている私がいうのもなんだが、知的エスタブリッシュメントでなければつとまらない活動である。その一方、未知の領域における身体的活動=肉体運動を活動の基礎においていることもまちがいなく、その点、とてもおなかのすく活動だ。


 探検の現場では腹が減る。ときには激しい飢餓感をおぼえ、ついつい、もし今、人間以外の野生動物があらわれたら四の五のいわずにぶち殺して食っちまおう、などと物騒なことを考えることすらある。しかもそれはよくある。はははと笑っちゃうぐらい頻繁にある。


 探検家と聞いてだいたいの人が思いうかべるのは前者よりも後者、つまり知的エスタブリッシュメントより野蛮な無法者というイメージなのだが、そんな不本意なイメージをもたれるのも、たぶん探検現場における荒々しい食のイメージがつきまとっているからだろう。探検家と聞くと「どうせジャングルで蝙蝠(こうもり)の脳ミソ食ってんだろ」 とか「北極で血まみれになって海豹(あざらし)食ってんだろ」 とか思われがちである。そもそもこんな連載が始まったのも、フライデー編集部にそうした印象が強くあるからだ。


 イメージ先行。悲しいことだ。あらぬ誤解をうけているのだ。


 よしんば現場で蝙蝠の脳ミソや海豹を食っていたとしても、というかたしかに食うこともあるのだが、しかしそれは探検の現場ではそれしか食べるものがないという余儀なき事態ゆえ食っているわけで、本来の私の人格とは無関係である。それなのに現場で海豹の肉を食ったという非日常時の些末な一事だけがクローズアップされて、それが日常時の私の人格におきかえられ、①角幡は探検家である②探検家は北極で血まみれになって海豹を食っている③角幡は探検家なのでもちろん普段から家でも血まみれになって海豹を食っているし、妻子も相伴している可能性がある、という飛躍のある三段論法が適用されて、多くの人は私のことを知的人間ではなく野蛮人の大食漢と誤解、焼き肉屋に連れて行ってくれる際には、こっちはもうけっこう満腹だというのに、「いやー角幡さん、これじゃあまだまだ足りないでしょ。ハラミあと3人前!」などと気を遣ってくれたりするのである。


 もちろん普段の私は海豹を血まみれになって食ったりせず、わが家の食卓には探検家的にはとても残念で地味な食風景がひろがっている。見てほしい。10月に1ヵ月近く、来年の探検の偵察のためニューギニア島(インドネシア・パプア州)にむかったのだが、その出発当日にわが家でとった最後の食事が、これだ。秋刀魚の塩焼きとアスパラの肉巻き。なんというつまらん食卓。出発当日だというのに、なぜこのような送迎的な情緒に欠けた食事なのかというと、その理由は妻に聞かないと私にもわからない。ひとつだけ言えるのは、秋刀魚にはドコサヘキサエン酸やエイコサペンタエン酸といった脳の血流をよくする栄養素のオメガ3脂肪酸が豊富にふくまれており、とても知的な食事だということである。


角幡唯介 オレの探検メシ

4歳になる娘さんと奥様お手製の料理を堪能する角幡氏。冒険前には体重を大幅に増やして旅に備える


かくはた・ゆうすけ

’76年、北海道生まれ。

早稲田大学卒。同大探検部OB。

朝日新聞社勤務後フリー。

『アグルーカの行方』 で講談社ノンフィクション賞、『極夜行』でヤフー本屋大賞ノンフィクション本大賞を受賞


※筆者は’19年1月から北極へ。本稿は現地から原稿が届き次第掲載する不定期連載です。


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