星野リゾートの「組織力」再生ホテルの中間管理職が逃げ出すワケ

社員から気軽に"ヨシハルさん"と呼ばれる代表の星野佳路氏


星野リゾートの「組織力」再生ホテルの中間管理職が逃げ出すワケ

新入社員研修が行われていた奥入瀬渓流ホテルにて。取材の前日も、スキーセット一式を装備して山にいた


 4月上旬。青森県十和田市にある自社リゾート施設を会場に行われた入社式で、約300名の新入社員を前に、代表はおどけてみせた。


「あなた、アルツ磐梯(ばんだい)に配属されたんですか。私もよく行きますよ。なぜか冬になると頻繁に用事があるんです」


 若者たちがクスクスと笑う。アルツ磐梯は、福島県にある星野リゾートのスキーリゾート施設だ。同社の星野佳路(よしはる)代表(59)は、年間60日は必ずスキーに行くと決めていて、シーズン中はあまり会社にいないことを新入社員も知っている。


「’00年代初めにアルツ磐梯やトマム(北海道)などの再生を手がけ始めた頃、世界中から投資家をお招きして一緒にスキーを楽しむことが仕事の一部になったのです。その頃から趣味が昂じ始めました。

 周囲はしばらく『あれは仕事』と信じていてくれたようです(笑)。3月はカナダで、先日は八甲田で滑りましたよ。電話には出ますが、圏外の時はどうしようもありません(笑)。ただ、会議が詰まっている時期よりメールの返信は速い、と誉めてもらえることがあります。リフトの上は退屈なので、スマホから返信しています」


 リゾート施設の運営と再建を手掛ける同社は現在、海外進出を進めている。’19年初夏には台湾で国外3ヵ所目の施設「星のやグーグァン」がオープンする。代表自身が決めたいこと、代表がいなければ決まらないことが山ほどあるだろう。これで経営は大丈夫なのか……?


「私は自分がいなくても回る組織を目指しているから、これでいいのです。自分の役割をいかに人に譲っていくかを考えるのは、経営者にとって大切な仕事。むしろ私は、どうしたら会社に極力迷惑をかけずスキーに時間を配分できるか、四六時中考えていますよ(笑)」


「出世」は自分で決める


 星野は1914年創業の、軽井沢「星野温泉旅館」4代目だ。今も忘れ得ぬ原体験がある。大学卒業後、米国の大学院でホテル経営を学んでいた時にフォーマルな場があって、彼は"当然"とばかりにスーツを着て行ったのだが――。


「世界中から集まっていた約40名のクラスメートはみんな、アジアや南米など、それぞれの国の民族衣装を着ていて、『なぜキミはイギリス人の真似ごとをするんだ?』と言われてしまったのです」


 帰国後「あの言葉は日本の観光業にもあてはまる」と思った。我々は自分たちの国で受け継いできた、"誇り"を失っていないだろうか?


「例えば蟹が名物の地域で、季節外れの時期は冷凍した蟹を出すとしましょう。一年中お客様が呼べるように見えて、私は長い目で見れば客足が遠のくと思います。接客業では、お客様が『そこにいて誇りが持てるか』がことのほか大事で、働く側にとってもホスピタリティを持つきっかけになります。四季を無視したサービスは産地のブランドイメージを下げるだけでなく、スタッフの誇りを奪い、それを楽しみにされていたお客様の誇りすらも踏みにじることになるのです」


 星野は、『それぞれの特徴やそれぞれの良さを活かす』ことを第一に考える。それは同社の人事にも反映されている。


「当社は社員が何か言いたいことがあれば、相手が幹部であれ、意見を言えるようにしています。それぞれの立場で目に見えるもの、それぞれが気づけたことを口にできたほうが活性化しますし、ストレスもない。仕事も部署ごとの縦割りではないので、関係ない部署の人間がチャレンジングなアイデアを出すこともあります。働き方もそれぞれで、週4日勤務で残り3日は休みたい人のために『ホリデイ社員』という制度も設けています」


 驚くべきことに、同社において役職は立候補制で、『総支配人になりたい。自分こそがリーダーに向いている』と思ったら、自ら名乗りを上げられる。星野はこんな雰囲気を社内外に伝えることがうれしくもあるようで、インタビュー中、姿勢を崩した瞬間「あ、いけない」と思いついたように笑った。いわく「自社のホテルでダラッとしていると、広報担当社員に『えらそうに見えるからやめてください』と怒られる」らしい。きっと、これを楽しげに語ることで、社員に向けても、「ウチはそんな組織なんだよ」とメッセージを送っているのだ。


 星野は、この独特の雰囲気を "フラットな組織文化"という表現で語る。


偉そうな人は去っていく


「これは、合理的なんです。サービス業では、我々経営陣が顧客から最も遠いところにいるので、現場が『ここはこうすべきじゃないか、できないならこう工夫すれば?』と考えてくれたほうが改善のスピードは速まりますよね。それに、私だって自由に発言ができます。社長や幹部にも、やってみなければ上手くいくかどうかわからない思いつきはいっぱいあるのです。でも社内で幹部の発言が絶対視されていると、現場が批判もなくその通り動いてしまうから、おいそれと口にできません。一方、現場が正否を判断してくれるならアイデアが出しやすいですよね。だから、私の意見が採用されないことはよくありますよ(笑)」


 デメリットはないのだろうか?


「ないですね。皆が経営判断に参加し、誇りを持って働けます。あえて探すとしたら、私たちが再生を手がけるホテルの中間管理職は、たまに辛いと感じるようです。以前の職場で、肩書などに頼ってステータスを維持してきたタイプの方は、周囲が納得できるリーダーシップと能力を示せなければ立場がなくなってしまう。そのためか、『耐えられない』と辞めていくことがありまして……」


 紆余曲折を経ながらもフラットな組織文化が浸透していくと、次第にサービスが変わってくる。それこそが、同業他社と一線を画す、星野リゾート独特のスタイルに繋がっているのだろう。


「例えば当社の『リゾナーレ熱海』では"漁ガール"という企画を実施しています。金曜の定時退社後、女性の方々に熱海に来てもらって、漁や海鮮バーベキューを体験してもらう内容です。これなど私は絶対思いつかなかったでしょうが、若手の社員から上がってきたアイデアで、いま大人気なんですよ。食事も、サービスも、現地のスタッフが考えます。だから、それぞれの良さが出るのです」


 ようするに星野リゾートには、社員が盲目的にトップの意見に従う文化がない。スーツを着る英国の文化が世界のスタンダードではないように、社内で星野の意見は絶対でなく、だから会社は星野抜きでもよく回る。星野はもしかしたら "ゲレンデオフィス"を、フラットな組織文化の象徴にもしているのかもしれない。


 だから、入社式――。


 司会の女性社員は星野を"ヨシハルさん"と呼び、星野もまた、元気な若い社員と一緒に舞台でジャンプして記念撮影をするノリのよさを見せていた。若手は順応性が高いのだろう。最後に用意された質問の時間、ある若手社員が、ほかの企業だったら全員が青ざめるような失敗をした。


「ヨシハルは……あ、じゃなくてヨシハルさんは……」


 星野をふくむ一同が大笑いした。


(文中敬称略)


星野リゾートの「組織力」再生ホテルの中間管理職が逃げ出すワケ

入社式で新入社員を前に挨拶。質疑応答タイムでは「埼玉でリゾート施設は成功するか」など実践的な議論も


取材・文/夏目幸明(経済ジャーナリスト) 


PHOTO:鬼怒川 毅


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