目撃20回以上 追悼・志村けん「酒と美女を愛した豪放写真」公開

新型コロナウイルスに感染し70歳で亡くなった志村さん。『FRIDAY』が撮り続けた素顔


目撃20回以上 追悼・志村けん「酒と美女を愛した豪放写真」公開

’18年6月、麻布十番のスーパーで美女と食材を買い込んだ後、六本木のバーへ。志村けんは美女の手を取ってニヤリ


 3月29日、国民的人気を誇った『ザ・ドリフターズ』のメンバーでタレントの志村けん(享年70)が、新型コロナウイルス肺炎のため亡くなった。25日に都内の病院に入院していることが報じられてから、わずか4日後に亡くなるという、あまりに突然の訃報だった。


 翌30日朝、東京・三鷹市にある志村の自宅には多くの報道陣が詰めかけたが、主を失った邸宅は、ひっそりと静まり返っていた。近所に住む80代の女性は本誌の取材に対し、涙ながらにこう語った。


「つい最近も元気そうな姿を見かけていたのに、こんなに急に亡くなってしまって、本当にショックです。これからまだまだ活躍できたのに……。よく愛犬の散歩をしたり、三味線の練習をしたりしていました。いつもお見かけする際は、テレビに出ているときとは違って気恥ずかしそうにしていました。芸能人ぶることもなく、言われなければ本人だとわからないくらい質素な雰囲気の人でした」


 3月17日に全身の倦怠感を訴えて自宅療養していた志村。19日には発熱、呼吸困難の症状が出たという。


「発症前に岩盤浴へ行ったらしいのですが、帰宅してからも身体が火照(ほて)ったままだったので不審に思ったようです。20日の夜にかかりつけの病院で診察を受けたところ肺炎を発症していたため、緊急入院。このときすでに新型コロナウイルスへの感染が疑われていました。感染症対策設備のある国立国際医療研究センター(新宿区)に移送され、23日には陽性と診断されました」(テレビ局関係者)


 感染が報じられた25日の朝、本誌の取材に対して志村の実兄である知之さん(73)は次のように語っていた。


「今朝から私のところへの電話が鳴り止まないんです。でも、私にも病状はわかりませんし、見舞いにも行けていないのです。最近会ったのは、1月に弟が胃のポリープ切除手術で入院したときと、2月25日に弟の古希祝いに出席したときですが、そのときは元気そうでした。どうして新型コロナに感染したのかもわかりません」


 “志村けんが新型コロナに感染”というニュースは、ウイルスの脅威をまだどこか他人事のように感じていた世間の人々にも大きな衝撃を与えた。


「関係者の間では、28〜29日がヤマ場で、そこを乗り切れば治るのではないかと言われていました。しかし、実際の病状はかなり深刻だったようです。肺の補助装置であるECMO(体外式膜型人工肺)が使われていたのですが、それは肺が機能していなかったことを意味します。ほとんど意識はなかったようです。いつ亡くなってもおかしくない状態でした」(大手芸能プロ関係者)


 NHKの連続テレビ小説『エール』への出演や、12月公開予定の映画『キネマの神様』での映画初主演が決まっており、一層の活躍が期待された矢先の訃報だっただけに、その早すぎる死がなんとも悔やまれる――。


毎晩、麻布十番で美女と…


 “アイーン”や“変なオジサン”などのギャグでお笑い界の王座にのぼり詰めた志村。そんな彼の息抜きは、お気に入りの美女を連れて夜の麻布十番(港区)に繰り出すことだった。実際、本誌が麻布十番で取材をしているとかなりの高確率で美女を連れた志村に遭遇。誌面を飾った回数もなんと20回以上に及んでいる。


 例えば’05年3月のこと。志村は麻布十番のバーで美女とヘベレケに酔っぱらっていた。相手の美女は’03年に『新体操ヌード!』なるAVでデビューした“ヌードル”、小森未来(当時22)である。


 11年間の新体操経験で鍛えられたB90W58H86という小森の悩殺ボディに、志村の表情はユルみっ放し。小森も満面の笑みで志村に腕を絡ませていた。


 さらに’10年10月のとある夜は、麻布十番の高級鉄板焼き店で、元人気AV女優でタレントのみひろ(当時28)と♡♡の夜を過ごす。


『ダチョウ倶楽部』の上島竜兵(当時49)、磯山さやか(当時26)、タレントの川村理沙(当時26)ら、志村主宰の舞台『志村魂(こん)』に出演した面々との食事会に、遅れて合流したみひろ。彼女が到着するや否や、すぐ隣には、目尻を下げて口角を上げたニヤニヤ顔のオジサンが……。もちろん、志村けんその人である。志村はみひろににじり寄ると、30歳以上も離れた彼女の背中をサワサワと撫(な)でさする。その光景はエロオヤジそのものだったが、みひろは満更でもなさそうだった。


 当時、結婚まで噂されていた二人だが、この夜の志村は非常に紳士的で、会計を終えると女性全員を先にタクシーに乗せ、手を振って見送ったのだった。


 その後も毎晩のように別の美女を伴って夜の街に出没していた志村。麻布十番近辺に彼の愛車・ロールスロイスが停まっているのも当たり前の光景だった。


退院当日もガールズバーへ


 数年前には体調を崩して入院することもあったが、それでも彼の足が夜の街から遠のくことはなかった。’16年8月には体調不良で緊急入院、肺炎と診断された。だが退院当日の夜、なんとガールズバーに彼の姿が。体調について尋ねる本誌の直撃に対して志村は、「酒は飲んでいるからねぇ……。でも、タバコはいまのところ止めてますよ」と、余裕綽々で答えるのだった。


 翌年にも、そのまた翌年にも若い美女と酒を飲み歩く彼の姿を本誌はキャッチ。そして、本誌が最後に志村の姿を目撃したのは’19年11月のこと。同年9月に緊急搬送されたという報道があった直後であったが、元気に小島瑠璃子似の美女やスタッフらと打ち合わせをしていた。


「志村さんといえばお酒というくらい、お酒が好きな人でした。『美女とお酒を飲むのが一番の幸せだ』と言っていたほど。今年1月に胃の手術をしましたが、それ以降もお酒は止めていませんでした。周りが心配して『もうお酒は止めたら』と注意してもまったく気にしない、男らしく豪放な人でした」(前出・テレビ局関係者)


 日本中を笑いの渦(うず)に巻き込んだ稀代のコメディアンは、皆に愛されながらこの世を去ってしまった……。


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’19年6月、麻布十番の和食店で若い女性と食事を楽しむ志村。スマホの使い方について女性と話しているようだった

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志村の地元である東村山駅の前には献花台が設けられ、多くのファンが彼へ別れを告げに訪れた

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東村山市にある志村の実家。玄関の前ではファンが花や酒を手向けていた

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’05年3月、〝開脚ヌードル〟の小森未来と麻布十番のバーで腕組みデート。帰りは小森をタクシーで先に帰した

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’10年10月、志村の行きつけである麻布十番の高級鉄板焼き店で食事会を楽しんだみひろと磯山さやか(右端)

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’17年5月、上戸彩似の美女と喫茶店→鉄板焼き店のハシゴデートを楽しんだ志村。スカジャン姿が決まっている

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’18年4月、麻布十番の店でパンを購入すると、そのまま美女とガールズバーへ同伴出勤した


PHOTO:︎桑田 真 結束武郎 坂口靖子 島 颯太 清水直樹 竹本テツ子 田中俊勝 西 圭介 西原 秀 原 一平


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