年俸120円 最年長42歳「オッサンがJリーガーになれた理由」

四十路を目前にプロを目指した『YS横浜』安彦考真のインタビュー。夢を実現した無謀な挑戦


年俸120円 最年長42歳「オッサンがJリーガーになれた理由」

「物欲はなくなった」と笑う安彦考真。日の丸弁当を食べていた彼を見かねて19歳の選手がご馳走してくれたことも


「これぞ〝持たざる者〟の強みですね、不安はまったくないです。もともとほぼ無収入でしたから、生活は何も変わらない(笑)。行動は自粛しても思考に自粛はない。逆に、調整法などをあれこれと考えることができて充実していました」


 昨季、41歳1ヵ月と9日でJリーグ最年長デビューを果たした『YS横浜』(J3)の安彦考真(あびこたかまさ)(42)は、コロナ禍でも前向きだ。今季の年俸はわずかに120円だが、「自粛期間に食生活を見直した効果が表れている」と笑顔を見せた。


「2週間、お粥だけで過ごして、身体の毒素を抜きました。体重は約5㎏落ちましたが、意外と走れますよ。さらにその後、動物性たんぱく質をやめました。いわゆるヴィーガン。おかげで5歳のときから苦しんできた花粉症がパタッと治り、内転筋にあったアザも消えました」


 高校卒業後、憧れのカズ(三浦知良)を追うようにブラジルに渡った安彦は、プロデビュー寸前のところで、ケガを負い帰国。その後は、Jリーグの清水エスパルスとサガン鳥栖の入団テストを受けるも契約には至らず、大宮アルディージャの通訳や日本代表選手のマネジメント、通信制高校の講師として働いてきた。


 ところが39歳となった’17年に「プロを目指す」と一念発起。クラウドファンディングで練習費用を募り、’18年3月、J2の水戸ホーリーホックと「年俸10円」という超破格のプロ契約を結んだ。


「通信制高校の講師をしていたころ、生徒によく『10回の素振りよりも1回のバッターボックスだ』と指導していました。何事もチャレンジすることが大事なんだと。あるとき、クラウドファンディングの話をしました。これからは時代が変わるよって。そしたら、生徒の一人がさっそくチャレンジした。『1500円の本を買うためにクラウドファンディングしたけど300円しか集まらなかった』と、その子は肩を落としていたのですが、僕には電流が走った。『打席に立たないと始まらない』と言っていたくせに、僕はクラウドファンディングをしたこともなければ、やり方もわからなかった。でも、彼は打席に立った――。若いころ、プロテストに落ちたのは、ビビッて全然ダメだったから。なのに僕は『チームと合わなかった』などと保身のために虚勢を張った。それがずっと引っかかっていた。ここで人生の後悔を取り返しに行かないと、僕は自分にずっとウソをついたままになる。そう気づいて、一度すべてを捨てることにした。すべての仕事を辞めました」


 年収900万円を捨てて、安彦はバッターボックスに立った。だが、不惑を目前にした男の決断に対する周囲の反応は冷ややかだった。SNSで決意表明するとフォロワーたちは続々と離れていった。


「当たり前ですよね。当時の僕は、神奈川県の社会人リーグで週1でボールを蹴っているくらいだったので。親ですら『アンタが高校生のときにブラジルに行くって言いだしたときより驚いた』と(笑)」


 安彦の背中を押したのは、いまは亡き冒険家の栗城史多(くりきのぶかず)(享年35)だった。安彦と親交のあった栗城は「ニートのアルピニスト」などと揶揄(やゆ)され、無謀とされた世界最高峰エベレストの〝単独無酸素登頂〟に何度もトライした男だ。


「最初は大笑いされましたよ。『サッカー界の冒険家がここにいた!』って。でも、唯一の味方が栗城くんでした。彼も無謀だと散々叩かれたからこそ、僕の挑戦を応援してくれたんだと思います」


 練習生を経て、なんとかJリーガーにはなったものの、プロは甘くない。結局、水戸では1試合も出場できず、YS横浜に移籍した昨季も8試合の途中出場にとどまった。だが、安彦は自らの存在価値に自信を見せる。


「僕は40代だけど経験豊富なベテランではなく、ルーキーみたいなもの。毎日の練習から100%、いや120%で臨まないとついていけない。結果、ケガもしたりして、そりゃキツいですよ。でもね、たとえばダッシュひとつとっても、主力がヘバッている横で、僕が懸命に走っていたら、『この前まで〝ただのオッサン〟だった人に負けられない』って若手の目の色が変わる。手が抜けなくなる。そこに僕がいる意味はあるのかなって……」


 Jリーガーになっていちばんの喜びは「両親が喜んでくれたこと」だ。


「ベタですけど、『ホッとした』と泣いてくれたときは嬉しかったですね。入団が決まって、チームのみんなに挨拶するときは僕もこみ上げるものがあった。『アンチがいるから頑張れる。アンチがいるから、誰がコアなファンなのかがわかる』なんて思っていたけど、いろいろ張り詰めていたんですね」


 かつて、安彦は恵比寿駅至近の家賃30万円の高級マンションに住んでいた。だが、いまは両親と実家暮らしだ。


「恵比寿のマンションは最上階の角部屋で、窓から東京タワーが見えました。昼間からワインを飲んだり、ブランド物の服を買って……当時はそれがステイタスだと思っていた。でも、なんの充実感もなかった。いまのほうが断然、幸せです」


 ところで――「年俸120円」はどうやって支払われているのか。


「一括で手渡しですよ。120円だと振り込み手数料のほうが高いですから(笑)。缶ジュースも買えないですけど、これでも『ピッチ外でよく頑張ってくれたから』と評価されての現状維持なんですよ」


 新型コロナの影響で延期されていた今季のJ3は6月27日に開幕する。プロ3年目の今季を集大成の年にすると宣言している安彦。狙うは、J3最年長ゴールだ。


「僕はなんの根拠もなく『絶対プロになれる』と思っていた。ゴールだって取れると信じないと取れない。スタメンで出られるチャンスはほぼないでしょう。でも、残り何分かで出たとき、『コイツ、なんかやりそう』って雰囲気を漂わせて、ワンチャンをねらいたいですね」


 缶ジュースも買えない120円で、安彦はドデカイものを得たのである。


取材・文:栗原正夫 撮影:石井小太郎 


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