追悼 ザ・デストロイヤー マスクを脱いで力道山とのツーショット

本誌に託されていた「最高の記念写真」


追悼 ザ・デストロイヤー マスクを脱いで力道山とのツーショット

’17年11月に受章した、旭日双光章の外国人叙勲伝達式でポーズをとるザ・デストロイヤー。米国ニューヨーク州の自宅近くにて


 額から血を流しながら、控え室に戻ってきた若手レスラー。その傷口を心配そうに見ているのは、戦後日本の国民的ヒーローだった力道山だ――。


 下の画像は、本誌’05年2月18日号に掲載された秘蔵写真。血を流しているのは、3月7日に88歳で亡くなったザ・デストロイヤーだ。撮影されたのは今から63年前の’56年3月で、デストロイヤーの自伝にも載っているライバル力道山との「最高の記念写真」でもある。


「デストロイヤーと言えば"白覆面の魔王"として有名ですが、当時はデビュー直後で本名のディック・ベイヤーとして素顔で活動していました。写真はデストロイヤーと遠藤幸吉が、ハワイで行われた『柔道ジャケット・マッチ』で対戦した直後のモノ。たまたまハワイを訪れていた力道山が観戦し、流血したデストロイヤーを心配して控え室に見舞いに行ったんです」(プロレス誌記者)


 デストロイヤーは、大の親日家としても知られている。’73年10月からはバラエティー番組『金曜10時! うわさのチャンネル!!』(日本テレビ系)にレギュラー出演。番組で共演した、タレントのせんだみつおが振り返る。


「『デス』『センダ』と呼び合う仲でした。楽屋はボクとデス、タモリさんが同じでね。デスは日本語がまったくわからず、タモリさんがワケのわからない言葉でからかうんです。するとデスが怒って、タモリさんは足4の字固めをかけられ悶絶していた。酒も楽しい人で、よく飲みに行きましたね。酔ったデスに服もズボンもビリビリに破られ、お尻丸出しでタクシーに乗って帰ったこともあります」


 せんだは、力道山にまつわるこんなエピソードも明かした。


「力道山が暴力団員に刺殺された時、デスも一緒に飲んでいたんです。ただ彼は一次会で帰ってしまった。刺されたのは二次会後のこと。デスは自分を可愛がってくれた力道山が刺されたことに対し、ずっと悔やんでこう言っていました。『ボクが二次会までいたら、あんなことにならなかったのに……』と」


 日米親善に貢献したデストロイヤーは、’17年11月に旭日双光章を受章した。


追悼 ザ・デストロイヤー マスクを脱いで力道山とのツーショット

撮影された’56年当時のデストロイヤーは反日家だったが、力道山と親交を深めたことで日本への見方が変わったという


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